再会、そして悲報


 目を通した親書をアウグストに渡すと、リーフは対面に立つ青年を注意深く見返した。

「……アルスターの攻略も時間の問題ということか。さすがはセリス公子だな」
「それゆえにレンスターへの到着が遅れることをお詫び申し上げると、王子に伝えるよう重々申し遣っています」
「わかっている。よくきてくれた、デルムッド」

 はじめて対面するデルムッドは、濃い金髪と涼しげな目元が印象的な、礼儀正しい騎士だった。父親似なのだろうか、ナンナとはあまり似ていない。真面目そうな瞳には純粋さとひたむきさがあり、ふとリーフは、フィンの若いころはこんな様子だったのではないかと、不思議な感慨を抱いた。

 彼には聞きたいことがたくさんある。彼がラケシスを同伴してこなかったことから、リーフはわずかな不安を覚えていた。リーフの後ろに侍るフィンも、同じことを考えているだろう。
 しかし、まだ王子として果たすべき責務が残っている。リーフは、緊張した様子のデルムッドに、ひとつうなずいてみせた。

「セリス公子が救援にきてくれたおかげで、帝国軍は撤退していった。ひとまず危機は去ったことだし、アルスターへはこちらから赴こう。それでいいな、アウグスト」
「――は。今後の軍略を決めるためにも、早急にセリス公子との会談に臨まれるべきと思います」
「城の修復にも人員を割くべきだし、アルスターへは最小限の人数で行く。編成と準備を頼む。それから、僕は彼と個人的に話がしたい。半刻でいいから、時間をもらえるか」
「承知しました。いずれにせよ、アルスターへの到着時刻を考えれば、出発は明朝になりましょう。半刻でも一刻でも、お好きにお使いください」

 相変わらずの皮肉っぽい口調で言うと、アウグストはすたすたと部屋を出ていった。ナンナとデルムッドの関係に、それとなく感づいて気を遣ってくれたのかもしれない。
 扉が閉まると、デルムッドは、いてもたってもいられない様子で卓に手をついた。

「リーフ王子、その――!」
「わかっている。ナンナのことだろう」

 リーフは遮るように言っていた。ラケシスについて訊くことが、妙に怖かった。先ほどから、嫌な予感がじりじりと胸にせりあがっている。
 するとデルムッドは、ぱっと顔を輝かせた。

「はい、ナンナが……妹がここにいると聞いていたのです。会えますでしょうか」
「そう思って呼んであるよ。――ナンナ、こっちにきてくれ」

 リーフが控えの間を覗いて声をかけると、座ろうともせず待っていたナンナが、足早にやってきた。
 ナンナは、入り口で立ち止まってデルムッドと見つめ合い、迷ったふうに視線を泳がせ、おずおずと近寄っていった。

「ナンナ……きみがナンナなのか」
「はい、お兄さま……」

 抱き合って無事を喜びあってもよさそうなのに、二人の再会はどこかぎこちなかった。デルムッドは、思いつめた顔で何度も瞬きをし、彼の胸ほどまでしか身長のないナンナも、言葉を探すようにもじもじしている。
 さすがに間を取り持ってやろうかとリーフは思ったが、ふと口を閉ざした。

 ナンナを見つめていたデルムッドの目から、ぽろぽろと涙が流れだしたのだ。
 はっとしたナンナが眉をさげると、デルムッドはようやく自身の涙に気づいたようで、慌てて頬を隠した。

「――す、すまない。こんな情けない姿を……」
「お、お兄さま。その」

 胸まであげた手をさまよわせるナンナに、デルムッド目尻を拭いながら、首を振って笑ってみせた。
 ただ、紡がれたそれは、決定的な一言となった。

「……俺は、ずっと家族がいないと思ってきた。仲間はいたが、それでも、ずっとひとりなんだと思っていた……」

 背筋が冷える感覚。ナンナも、ぴくりと肩をこわばらせる。背後からは、なんの気配も伝わってこない。
 デルムッドは凍りつく面々に気づかず、涙ながらに続ける。

「だがレヴィン様が教えてくれた。俺には母と妹がいると。こんな俺にも、家族がいると……。本当に会えたんだな、ナンナ……。ここまで生きてきて、よかった。おまえが生きていてくれて、本当に、本当に……」
「お、お兄さま、それは……」

 ナンナの色を失った唇が、空気を食む。それ以上を問うことができずに、ただただ震えている。
 デルムッドは、もう一度頬をぬぐうと、熱っぽい眼差しでナンナを見つめ返した。

「ところでナンナ、母上はご健在なのか。近くにいるなら、ぜひお会いしたい」
「――っ」
「ナンナ? どうした、母上になにかあったのか」

 ようやくデルムッドも、ただならぬ気配に気づいたらしかった。蒼白になって胸元の首飾りを握りしめるナンナを見て、表情を曇らせる。
 ナンナは喉を引きつらせながら、消え入りそうな声で問うた。

「お母さまは……お兄さまとご一緒では、ないのですか?」
「――? それはどういうことだ。俺は母上とお会いしたことはないぞ」
「お母さまはお兄さまを迎えに行かれると言われて、イザークへと旅立ちました……」
「なっ、い、いつの話だ、それは!?」
「……8年以上前のことになります」

 すでにナンナの声には涙が滲んでいる。デルムッドは愕然と首を横に振った。

「そんな……8年前なんて、もうロプト教団がイード砂漠をうろついていた時期だ。なんという無茶を……! どうしてだ。だれも止めなかったのか!?」

 ナンナの目尻から、宝石のような大粒の涙が溢れだした。リーフは呆然とその場に立ち尽くす。そして、背後に動く気配。

「……失礼します」
「お父さま!」

 フィンは慣れた仕草でデルムッドに礼をすると、いつもの歩調で部屋を出ていった。リーフの角度から、その表情を見ることは叶わなかった。ただ、彼の顔を見たナンナは、瞳を悲壮に歪め、顔を手で覆うと、声をあげて泣き出した。

「お父さま……? あの方は、俺たちの父上なのか」
「――、ごめん、デルムッド。その話は、僕から説明するよ」

 歯を食いしばると、斬りこむように、リーフは会話に割って入った。だが、妙に足元がふわふわとして、現実感がなかった。
 二人に近づき、震えるナンナの肩に手を置こうとすると、ナンナはびくりと身体を震わせて拒絶し、駆け去っていった。心が絞られるような痛みを覚える。だが、この状況で冷静さを保てるのは自分しかいない。

 いまにも溢れだしそうな悲しみの感情を呑みこみ、リーフはひとつひとつ対応していくことにした。それが自分の役目なのだと、信じることにした。

「とりあえず、座って。長い話になるから」
「し、しかし、ナンナが……」
「いまはひとりにさせておいたほうがいい。あとで僕が様子を見に行くから」

 それでもナンナが去った方を呆然と見つめるデルムッドに椅子を勧めて座らせると、対面に腰掛け、リーフは両手を組んで膝においた。

「はじめから話すよ。僕たちと、ラケシスのこと。それから、フィンのことも――」

 組んだ拳に爪を立てながら、リーフはラケシスがレンスター城に来てからの出来事を語っていった。


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