光は、ふたたび


「くそう、こういうときは馬に乗れたほうが便利だよなあ」
「ぼやいてないで、さっさと行くよ、オーシン。――フィンさん、よろしくお願いします」

 ケルベスの門の裏口でのことである。
 オーシンとハルヴァンは、肩を鳴らすと、それぞれ子供を背に担ぎあげた。フィンの馬にも、二人の子供が乗っている。どれも子供狩りで砦内に囚われていた子供たちである。
 さらわれたナンナとマリータはまだ見つかっておらず、リーフたちは引き続き砦内で捜索を行っている。先に子供だけでも村に返したほうがいいとのエーヴェルの意見で、この三名が選ばれたのであった。

 しかし――フィンは馬上から二人に問うた。

「追撃を躱すためかなりの速度をだします。ついてこれますか」
「バッキャロー!! フィアナの戦士ナメんじゃねぇぞ! 馬なんざすぐ追い抜いてやっからな!」
「オーシン! 声が大きいって!」
「とにかく行くぜ!」

 オーシンが鼻息荒く走りだすと、ため息をつきながらハルヴァンが後を追う。
 フィンも、砦に一瞥をくれてから馬を発進させた。リーフとナンナのことが気がかりだったが、今はぐずぐずしていられない。

「しっかり捕まっていなさい」
「あ、ぼくは、支えてもらわなくて大丈夫です。父上によく乗せてもらってるので」

 そう返してきたのは、子供のうちのひとり、金髪と垂れ目が印象的な少年だった。確かに慣れた様子だったので、もうひとりだけの胴に腕を回し、速度をあげていく。

 豪語するだけあって、オーシンとハルヴァンの足は速かった。馬で軽く駆け足をした程度ではまったく追い越せず、速度も落ちない。子供ひとり抱えてこれなのだから、相当な体力といえた。
 二人に速度をあわせ、草原を進んでいく。幸い、リーフたちが敵を引きつけているらしく、追っ手はかからなかった。
 代わりに、フィンの目がとらえたものがあった。す、とその瞳が細くなる。

「――先行します。できるだけ早くついてきてください」
「アア!? どういうことだ!?」
「村が山賊に襲われています」

 ふたりの反応を待たず、一気に馬を加速させる。山賊は、いままさに群れを成して村に襲いかかろうとしていた。子供を下ろしている暇もない。子供たちに顔を近づけ、低く囁く。

「頭を低くして、目をつぶっていなさい。いいというまで、開けてはいけない。村は、必ず守る」

 子供に対するこの手の対応は、慣れたものだった。怯えた顔をする子供の頭を軽く撫で、緊張した様子の金髪の少年にはうなずきを返す。金髪の少年は、眉を下げて言った。

「あそこには、ぼくがお世話になったおじいさんがいるんです。助けてあげて」
「わかった」

 フィンは短く返答すると、馬に括った手槍を片手に持った。盗賊との距離を測りながら構え、投擲。
 一本目が山賊の足を貫いて地面に縫い付けた。二本目が、別の山賊の胴に突き刺さる。彼らの目がようやくこちらを捉えたとき、フィンは三本目を放っていた。駆け出そうとした山賊の胸に刺さり、さらに背後の一人を貫く。

「フィアナ義勇軍か!?」
「うわああっ!!」

 山賊たちが、にわかに浮足立った。統率を失い、右往左往する彼らの只中に馬で飛びこむ。一瞬で首領を見分けたフィンは、彼の咽喉を一突きにした。
 おびただしい血を流す首領をそのまま吊し上げ、悲鳴をあげる者、腰を抜かす者、それぞれの反応をする山賊どもに見せつける。

「退け。いま逃げるなら、命は奪わない」

 言ったと同時に、槍を後方に突き出す。背後から狙おうとしていた山賊の額に、石突がめりこんだ。血を噴き、ドッと音を立てて倒れる山賊を見ると、ようやく彼らは自らの敗北を悟ったようだった。蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 彼らが去ったことを確認すると、フィンは死体を捨て、村の入り口まで行ってから、子供たちに「もういい」と声をかけた。

「あんちゃん! 大丈夫か!?」
「怪我はありませんか!」

 ちょうどオーシンとハルヴァンが汗だくになりながら追いついてくる。距離を考えれば、相当な速さだった。

「はい。幸い、大した相手ではありませんでしたので」

 フィンは言いながら下馬し、子供を馬から下ろす。すると、抱えられていた子供がフィンの足に抱きついてきた。

「すごい、お兄さん! ありがとう!」
「強いんですね。本当にありがとうございます」

 金髪の少年にも、ぺこりと頭をさげられる。なんとなく少し前のリーフとナンナが思い出されて、かがんだフィンは子供の背を軽く叩いてやった。

「自分の家がどこかわかるか」
「うん、こっち。案内するよ」
「…………」
「…………」

 子供たちに連れられていくフィンを前に、ハルヴァンとオーシンは停止している。フィンは怪訝に思い、二人を見返した。

「あなたがたも、それぞれ子供を家に連れていってやってくれますか」
「お――おう」
「……わ、わかりました。では、終わったらここに集合ということで」

 手早く子供を家に返すと、三人で再びケルベスの門への道を走る。すると、前方から見知った顔が血相を変えて駆けてきた。
 先頭を走っていたダグダの話を聞くと、フィンの全身から血の気が引いた。

「リーフが捕まったぁ!? エーヴェル様はどうしたんだよ!」
「エーヴェルも一緒に行った。オレたちは落ち延びて、体制を整えて救出をはかれということだ」
「――」

 フィンは手綱を握りこみ、ケルベス砦の方向を睨んだ。今すぐに助けに行きたかった。だが、あの砦に単騎で入るのは無謀に過ぎる。どの機会で救出するのが得策か――素早く思考を回転させる。

「あいつら卑怯なのさ。ナンナを人質にして、リーフ様に剣を捨てさせたんだ」
「王子の護送先はおそらくマンスターだ。オレたちは一度、紫竜山に帰って仲間をかき集めてくる。おまえたちはどうする?」
「オレたちは――どうする、あんちゃん?」
「?」

 突然会話を振られて、フィンは目を瞬いた。

「どうする……とは?」
「アア!? だから、リーフを助けんだろ。フィアナ義勇軍はどうすんのかって聞いてんだよ。なあ、ハルヴァン」
「はい。エーヴェル様がいない以上、騎士であるあなたの助言がほしいです」
「…………」

 一同の視線が向けられる。そこにこめられた期待に戸惑いを覚えて、フィンはわずかに眉根を寄せた。

「……私は、正式な義勇軍の者ではありません。それに、リーフ様をお救いするには危険が伴うので、あなた方を巻きこむわけには」
「ハァ!? なに言ってんだよ!? あんちゃんはもう立派なフィアナの人間だろうが!? っていうか、まさかアンタひとりで助けに行く気だったのか!?」
「そうですが」
「無謀すぎます!」

 叫んだのはサフィだった。可憐な双眸に強い意思をにじませて、フィンを見上げてくる。

「かつての聖戦士とて、十二人が力を合わせたからこそ暗黒神を封じたのです。わたしたちも、同じように団結する必要があります!」
「そうだそうだ、騎士さんよ。ここは大人しく年長者として若者を引っ張ってけ。時間がねぇんだから、面子がちょいと悪いからって贅沢は言っちゃいけねえぞ」

 ダグダにまで諭されてしまう。「そうではなく……」とフィンは口の中でつぶやいた。これまで何年もひとりでリーフとナンナを守ってきたため、仲間がいるという前提が頭から抜けてしまっていたのだ。

「私は、あなた方を命の危険に晒すかもしれません。それでもいいのですか?」

 オーシンが、なんだというように眉をあげた。

「……そりゃな。あんちゃんって、喋らねえし、笑わねえし、稽古もひとりでやるし、なーんかじめじめしてっし、正直不気味なやつだと思ってたけどよ」
「ちょっとオーシン! 失礼だよ!」
「でもさっきのは見なおしたぜ。あんちゃん、子供には優しいのな」
「……」

 フィンは口を閉じた。そんなことを言われると、どう返していいのかわからない。

「だからオレはあんちゃんについていくぜ。リーフのバカも、エーヴェル様も、オマケのチビどもも、あんちゃんとなら助けられそうだ」
「私もオーシンと同じ思いです。その……確かにあなたのことは苦手に思っていましたが、戦いではこれ以上信頼できる人はいません」
「ぼ、僕だってお役に立ちます! どうか救出作戦に連れていってください!」
「かーっ、ロナン、テメェもついてくんのか? 足手まといになるなよ」
「なりません! ううっ、頭をかき回さないでくださいっ!」

 ふと、心が押された気分になる。

 騒ぐ面々を見て思い出すのは、遠征時や、かつてのレンスター城での光景だった。
 様々な人間が、様々な想いを抱き、ひとつの目的に向かって進む。陽だまりのように温かく尊い光景。
 けれどそんな夢は消えて、自分はひとり、失った光に焦がれながら荒野を歩き続けるものだと思っていた。

 なのに、なぜだろう。不意に、新たに生まれた光に触れた気がした。リーフに礼を言われたときに灯ったかすかなものが、胸の中で形を成していく。わずかな居心地の悪さと、不安と、――救われたような気持ちとともに。

「……わかりました」

 うまく表情を作ることができないまま、それでもフィンは彼らの願いを受諾した。

「それでは、すぐにケルベス門の近くに潜伏し、リーフ様の護送隊を追います。厳しい戦いになりますが、よろしくお願いします」
「おっ、やる気になったな!? よろしくな、あんちゃん!」
「オーシン、さっきから失礼すぎだよ。相手は騎士様なんだから、もっと、こう」
「るせーな。オレとあんちゃんの仲なんだからいいだろ!? なあ、あんちゃん!」
「あっ、すみません。オーシンの無礼は私が謝りますので、どうか今後とも……ああっ」
「急ぎますので、走ってついてきてください。シスターは私の馬に」
「はいっ」
「ほら、オーシン! 怒らせたじゃないか!」
「怒ってねぇよ、あれは。そら、さっさと行こうぜ」
「ああ、もう……」

 オーシンとハルヴァンの会話はすべて丸聞こえなのだが、一々間に入っているときりがないので無視しておく。
 ダグダと今後の方針について簡単に取り決めると、フィンはサフィを馬に乗せ、手綱をとった。

「参ります」

 リーフ以外にこの言葉を口にしたのは、いったい何年ぶりだろう。
 不思議と清涼な風が吹いた気がして、フィンは瞬きをした。
 リーフとナンナが囚われているというのに、放浪時代にあったような悲壮な感情は現れてこない。

(――これが仲間か)

 そういえば、あの人とともにいたときも、同じ気持ちでいられた気がする。

「騎士さま、どうかされました?」
「……いいえ」

 フィンは遠い人の名をつぶやきかけた唇を固く結ぶと、馬を走らせ始めた。
 その戦いが、これから何年にも及ぶ戦乱に続いていることを――いまの彼は、もちろん知る由もなかった。

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