-紫翼-
末章:レーヴェヴォール

26.夢



 網膜を刺激するは白い光。
 ちらちらと煌く粒の群れは木漏れ日か。
 風がある。木々をすり抜け、草をなぶり、人の頬を叩いた風が届く。
 隣に誰かがいる。
 誰かがいてくれる。
 それはとても優しい場所だ。
 心地良さに意識を溶かし、暖かな海をたゆたう。
 何を言葉にするのも罪になる。そんな気がして。
 
 とろけた黄金の髪を散らせ、少女は笑う。





 なあ、ユラス。

 私はな――。


 私は、強くはないんだ。

 お前は私のように強くなるにはどうすればいいかと聞いた。皆も言う。私は、強く生きているって。本当はそんなことないのにな。私は弱い。泣き虫だし、すぐに現実から逃げ出してしまう、弱い人間なんだ。

 だから苦しくて仕方なかった。皆の言葉が、とても重くて。

 本当はそうじゃないって、叫びたかった。怖くて、できなかったけれど。

 ああ。怖かったんだ。弱さを皆に知られてしまったら、どんな顔をされるだろうと思って……。

 でも、私も同じだったんだ。皆のことが羨ましくて仕方なかった。皆、輝いているように見えていたんだ。もしかしたら私と同じように、辛いことがあるかもしれないのに。

 私たちは知らない内に誰かに光を見るんだろうな。そして光として見られているんだ。本当はそんなことないのに。悲しいことばかりなのに――。

 でも、私たちはきっと、自分のことだけで精一杯で。人の光の後ろにある悲しいことなんて、見ることが出来ないんだ。

 悲しいことは、簡単に光に隠されてしまう。だから、この世界はとても寂しい。

 私たちが感じた悲しいこと、辛いこと。みんな、知られることもなく、忘れられてしまう。

 それが悲しくて、また誰かに光を求めるんだろうな。

 変わらない。世界は――変わらない。

 はは。私たちはやっぱり、辛いものを抱えて生きていくしかないみたいだ。

 でも、それは本当に悲しいことだろうか。なんだか私は、そうは思わなくなってきたんだ。

 大切な他人は、人の見る優しい夢だ。その光が真実でなかったとしても、それで人が救われるなら――。

 夢を見ることで、光を求めることで、生き続けられるなら。それでいいんだ。人は、知らずに光を振りまくものだから。

 ウェリエルも、そう思ってこの都市を作ったんじゃないかと思う。ここにあるのは現実だとしても、ここは人が夢を見て来るところだから。

 ……なあ、怒らないで聞いてほしい。

 私もな、お前のことが羨ましかった。お前はきっと、沢山のことに苦しんでいたのだろうけれど――でもな、私は、お前に翼があるように思っていた。

 それは何処までも飛んでいける翼だ。お前はいつも遠くを見ていたから。笑っていたから。何もかも受け入れて、ありのままに生きていたから。

 お前のように生きたいと思ったんだ。

 お前は嘘だと言うかもしれない。そんなものは幻想だというかもしれない。

 でも……

 私は、お前が綺麗だと思う。

 なあ、ユラス。

 ユラス――?

 ……。

 なんだ、寝てしまったのか。

 全く、人が真剣に話しているというのに……。

 ……。

 ユラス。

 私に、――光を夢見ることしか出来なかった私に、お前の辛さが分かってやれるだろうか?

 お前が抱えるものを、知ることは出来るだろうか。

 だって、ずるいじゃないか。お前は私のことをよく知ってるのに。私はお前のことをあまり知らない。

 いや、お前は、お前自身のことをよく知らないんだな。

 お前は、どうやって悲しめばいいのかも知らないみたいだ。

 お前は記憶はいらないと言った。忘れた記憶を、無理に思い出したくないと。

 うん……でもな、さっきの話を聞いて、思ったんだ。

 記憶は、取り戻した方がいいんじゃないのか。それがどんなに悲しいものでも。

 だって、いつか本当に世界からも忘れられてしまうものなんだ、それは。

 お前が思ったこと。見てきたこと。全て、全て――。

 だから、ほんの少しの間でも。

 お前が持っていてやることは、出来ないだろうか。

 辛いことかもしれない。でも、それでも。


 私がついている。

 私が、ついているから――。




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