-紫翼-
一章:聖なる学び舎の子供たち

33.それってつまりもしかして



 グラーシア学園の寮には、門限がある。幼学院は午後五時、中等院は午後七時、高等院は同じく十時に設定されており、それまでに寮に戻らなければいけない。しかし高等院の生徒に限り、届出を出せばそれよりも遅く、あるいは学園に泊まることが出来る。
 俺が今歩いている時刻は九時半をまわったところ。今日は鷹目堂が休業日だったから、研究室を夕方頃に出てのんびりしようと思っていたのだが、シアが持ってきた論文が思いの他興味深く、討論していたらこんな時間になってしまったのだ。シアは考古学に関しては非常に造詣が深く、はっとさせられることも多い。ちなみにヴィエル先輩は相変わらず話に参加せず、一人でライターをいじっていた。
 そんなわけで俺は、一人で研究室の並ぶ夜道を歩いているのである。
 街灯と同じような灯りがぼんやりと足元を照らしている。人影のない道の真ん中で、俺はなんとなく不安を覚えて鞄の持ち手を握りなおした。夜の学園はまるで別世界のように静まり返っていてなんとも不気味だ。周囲に人影は見えないし、昼間に聞こえる筈の生徒たちの声もなく、風の音がひゅうひゅうと耳を叩くのみ。これが結構怖いのである。
 ちらちらと勤勉な研究室の窓から光が漏れてはいるが、実はその中では日々いけにえが捧げられていて異界から破滅の魔王が召喚されている――!
「……早く帰ろう」
 その一言に尽きる。
 まあそこまではいかなくとも、この暗がりの中では人知を越えたものがでてきてもおかしくないように思える。
 これだったらありえるんじゃないだろうか。たとえば、生物学専攻の連中が作り出したクリーチャーとか、機工科が生み出して使えなくなったからといって捨てられ、そのまま野生化した人型ロボットとか――。
 ――がたっ。
「ん?」
 俺は、物音が聞こえた気して、立ち止まって振り向いた。
 闇は何処までも続いているようで、しかしそこで終わっているようで、遠近感が掴めない。その闇をじっと見つめて、たらりと冷や汗が頬を伝うのを感じながら一人ごちる。
「……気のせいか」
 そして、俺が背を向けて歩き出した瞬間。
 ――がたっ。
「っ?」
 ……。
 待ってくれ。
 もしも、これが俺の幻聴でなく、確かにこの空気を振動させ、かつ定められた周波数の内に入るつまり可聴の音なのだとしたら。
 それってつまりもしかして。
 ――ごくり。
 唾を飲み込む。汗ばんだ手を開いたり閉じたりしながら、様子を伺った。
「まさか、な?」
 そうだ。この世には質量保存の法則が成り立つのであって、生命の起源は解明されてないにしろ死者が動き出すことはまずないわけでということはつまりやっぱり生物研究室が生み出したクリーチャーか機工科の野生化ロボットか個人的には後者の方がまだ嬉しいいや撤回する両方とも全くもって嬉しくない――!
 ――がたがたっ。
「ひっ」
 俺は目をむいて後ずさった。なんだかとてもやばいことが起きるような気がする。
「ほ、ホントに機械科製の暴走ロボット――!?」
 ――すこーんっ!!
「ごぶっ!」
 不意に暗闇の中から飛んできた物体が額に激突して、頭の中で大量の星がスパークしてくれる。しかし衝撃と共にやってきたのは、それだけではなかった。
「だぁれが暴走ロボットだってー!?」
 深夜のグラーシアに響く、怒りのとどろき。のけぞるようにして額を押さえる俺の鼓膜にそれが突き刺さって、俺は五歩は後ろに下がった。
 だが、その声は何処かで聞き覚えがある――。
「もうっ、お姉ちゃんに言いつけてやるんだからねー!」
 ぱっと明かりに人影が躍り出てきた。鮮やかに結い上げられた淡いエメラルドグリーンの髪に、凶暴な光を秘めてこちらを睨みつける濃い苔色の瞳。小柄な少女の形をしたその人影は――。
「チ、チノかっ?」
「そうだよ。ユラスのトンチキ」
 俺はやっとのことでそいつを認識する。ぷうっと頬を膨らませたそいつは、キルナの双子の妹であるチノだった。
「な、なんでお前がここにいるんだ」
「今日は早めに終わったのー! これから帰るところだよ」
「へえ、普段から随分遅くまでやってるんだな」
「当たり前だよ。ユラスと違って忙しいんだよ、わたし」
 そう腰に手をやるチノは姉のキルナと見た目がそっくりだが、性格については違いがある。きっちりした物言いをするキルナに比べて、チノは間延びしたような若干舌足らずの喋り方をするのだ。しかしそれでいて、毒舌っぷりは片割れと全く同じなのだからこっちは更に凶悪だ。
 フェレイ先生の自宅で初めて出会ったときから、精神と肉体両方への攻撃をしかけてくるこいつの凶暴さには戦慄を隠せなかった。いや、そもそもいらないことを言う俺が悪いのだが。
 もうー、と不機嫌そうな声をあげながらチノは歩いていって、離れたところに落ちている空き缶を拾い上げた。――俺に投げてくれたものだろう。
 チノは機工科に所属している。それを表すのが、制服のケープの止め具にもなっている学年章から釣り下がる飾りの色だ。魔術科の俺たちは赤だが、こいつのは黄色のものがついている。
 そう――もう一つ、チノがキルナと違う点をあげるとすれば、それはこいつが非常に機械に詳しいということだろう。鞄には普段から参考書の他に工具が忍ばせてあり、調子に乗っていると時折スパナなんかもとんでくる。
「あれは、ああ死ぬな、って思った……」
「何ひとりでぶつぶつ言ってるの?」
 チノは作業着用の鞄も持っていて割と大荷物だ。工具も入っているからさぞかし重いだろうに、平然とした顔で歩いている。俺も並んで、もうすぐそこまで迫ってきていた正門までの道のりを進んだ。
「しっかし」
 俺は必要最低限の外灯のみで照らされた夜の学園を振り返った。だだっ広い空間には暗闇に紛れるようにしてひっそりと佇む校舎と、普段の数倍の重圧感を湛えて影を落とす英雄ウェリエルの銅像――なんとも舞台にでてくるような雰囲気を醸してくれている。こんな時間になってしまえば普通の生徒は既に寮に戻っているし、泊まりの者は研究室にこもっているので、人影は全くない。
「本当に何かでそうだな」
「あはは、ユラスは一度お化けに食べられちゃえばいいんだよ」
「若い女しか食べないお化けかもしれないぞ」
「そしたらお姉ちゃんに守ってもらうもん」
 チノはキルナと同じ顔で笑って、この夜には似合わない口調でそう言った。キルナとは双子で同い年の筈なのに、何故かこいつはキルナのことを『お姉ちゃん』と呼ぶ。今となっては慣れたものの、最初はちょっと戸惑った。しかし確かにしっかり者のキルナとのんびり話すチノの取り合わせは、双子というより仲の良い姉妹だ。
「あ、そうだ。お姉ちゃんといえば」
 ぽん、と突然チノは手を叩くと、俺の頭のてっぺんからつま先までじろじろ眺め始めた。
「なんだ」
「うーん、ちょっとひ弱かなあ」
「そういうことは俺に聞こえないところで言ってくれ」
「あははっ、そうだねえ、うん。あのね、ユラス。お姉ちゃんが準備に人手欲しいって言ってたから、暇だったら手伝ってあげて欲しいんだ」
 うん、と思って俺は首をひねった。
「準備って、何の準備だ?」
「決まってるでしょ」
 チノはぷぅと一度頬を膨らませて、挑むような目つきで口を尖らせた。
「学園祭の準備だよっ」


 ***


「うぉいスアローグ、マジかっ!」
「んっ!?」
 ばたーん、と部屋の扉を蹴破る勢いで開け放ち、正義の味方よろしく登場した俺に、スアローグはコーヒーを噴きそうになってむせた。
「げほげほっ、な、なんだい君は突然」
「学園祭があるのかっ」
「ええ?」
「学園祭だ学園の祭りと書いて」
 なんだそんなことかい、と言いたげに顔をしかめるスアローグに、俺は詰め寄るようにして反対側の席についた。スアローグは読んでいた本を閉じて、カップに新しくコーヒーをついでくれる。
「チノに聞くまで知らなかったぞ」
「ああ、そろそろそんな季節だったね」
「で、何するんだ?」
「は?」
「だから、学園祭って何するんだ」
「……」
 俺を見つめるスアローグの表情に、この上ない渋面が広がった。
「……確かに君は初めてだったね」
「ああ、そうなんだ」
 ふんぞり返って腕を組んでやると、胸張るんじゃないよとスアローグは額に手をやりながらも学園祭について教えてくれた。
 このグラーシア学園の学園祭は、三日間に渡って行われる学生にとっての一大イベントであるらしい。その期間は嬉しいことに授業も休校になるらしく、学園を全面的に開放する為、外からの客も多く入ってくるそうだ。スアローグの説明によると、中等院の学生と高等院の一部の学生が主となって開催しているそうで、屋台や展示会が数多く催されることになっているらしい。
「まあ生徒主催だから、そんな大掛かりってほどのものじゃないけどね。でも賑やかだよ」
 また学園としてはこちらをメインイベントとしているらしいのだが、分野別に各界の著名な学者を多数招いた大講演会が三日間連続で行われるらしい。これは一般人の傍聴も許可されているのでグラーシアの名物行事になっているらしく、その三日間は大陸中どころか世界中から人々が集まるそうだ。
「で、俺たちは何かするのか?」
「運営に関わらない生徒は基本的に何もしないよ。まあ折角だし屋台に遊びに行っても良いかもしれないけどね。あと、大講演会はお勧めだよ。気になる講演があったら是非行くといい」
「ふーん、なんか聖ユーノ祭に続いて祭りだらけだな」
「秋だしね」
 スアローグは薄く笑って足を組みかえる。
「僕はそれより学園祭前の中間のが憂鬱だよ。実技試験もあるしさ」
 中間というのは中間考査のことだ。俺もああと思い出して頭をかいた。
 後期の授業に入ってからは魔術の実技演習が始まっているのだ。ただ、まだ始めの方だから行使する魔術も高度なものではなく、俺は自分の魔力を押さえ込みながら実習をこなしていた。
 ちなみに学園で教えられる魔術はあくまで研究の為のものだから、火の玉をだしたり雷を降らせたりするような攻撃的なものでは勿論なく、例えば金属精製だとか、文章複写とか、割と地味なものばかりである。まあ、今時軍人でもない限り、強力な魔術が使えたところで魔術規制のかかるこの国では無用の長物だ。その上、強力な魔術を使うとなると、政府から発行される様々な免許や許可が必要になって色々と面倒くさい。昔と違って、魔術師には生きにくい世の中なんである。
 そんな中、俺は以前と違ってスアローグの気だるげな言葉に笑って答えられるようになっていた。魔力を抑え込みながらの実習は慣れてしまえばそこまで苦ではないし、最近は魔術を行使する時の気分の悪さも感じなくなってきた。どうにか自分の力を操作できるようになってきたからかもしれない。
 試験が終われば学園祭、そして短い試験休みが続く。夏までずっと感じていた未来への不安は、気がつけば随分と薄いものになっていた。
 今はただ、なんとなく未来が目の前に開けているような気がしている。そんなことを考えながら、俺はスアローグととりとめのない話をして夜のコーヒーを飲み干した。


 ***


 秋は、学園長にとって受難の季節である。
 まず、学園祭で行われるもろもろの祭事。特に丸々三日間続く大講演会は学びの都グラーシアの地位と権威を大陸に知らしめる行事であるから気も抜けず、実行委員会の会議が連日組まれている。
 更にこの季節になると来年度の入学試験やら人事異動の話やらも仕事に入ってくる上、元々人の良い学園長は自分で出来る仕事は人に頼まず自分でやってしまうので、休日を返上して働く日々が続いていた。
「講演挨拶、まだ何も考えてないんですよ。何喋りましょうかねえ」
 ライラック理事長の前で、学園長は普段の激務を感じさせないような声でのんびりとぼやいた。大講演会の開会式では、毎年学園長が一言挨拶をすることになっているのだ。
 そんな学園長を見やって、少し休んだらどうですかとライラック理事長は言いかけて、やめた。長年の付き合いで分かりきっているのだ。この程度で学園長が人に言われて休むことなどまずない。見掛けによらず体力が尋常ではないのだ。いや、精神力なのか。
 放っておくとこの一見のんびりとした学園長は食事も忘れて会議室を飛び回り、夜遅くまで書類と向き合っていたりする。そして一番恐ろしいのが、そのような忙しさや疲れをちらとも表情にださないところにあるのだ。おっとりとしているように見えて、実際誰よりも多くの仕事をしている。家庭がないからこそなせる技なのかもしれないが、自分には到底出来そうにない。
 ただ唯一欠かさないのが紅茶で、特に学園長室にいる時は絶対に手放さない。食事を抜いても寝てなくても、紅茶だけは飲んでいる。出会ったばかりの頃はこの人は紅茶を燃料に動くロボットなんじゃなかろうかとやや真面目に考えてしまったくらいだ。
 定期的に行われる役員理事会の後、学園長に用向きがあったため共に学園長室に戻ってきたライラック理事長は、出された紅茶に目を落としてそんなことを思い出し、内心で苦笑した。基本的に普段はコーヒーを飲む彼でも、学園長のだす紅茶だけは嫌いではなかった。紅茶の銘柄については疎いのだが、ふんわりと鼻腔をくすぐる香りはそれだけで良い葉で、また良い手際で淹れられているのだと分かる。
 ありがたくそれを一口頂いて、ライラック理事長は話を切り出した。
「お忙しい時期に申し訳ありませんが、耳に入れておきたかったので。――例のヘンベルク研のことで」
 ふと紅茶を飲む学園長の手が止まる。学園長は表情を引き締めて頷くと、カップを机に戻して続きをうながした。
 ヘンベルク研究室の事件は本年度早々に起きた、二人にとって頭が痛いことこの上ない話だ。あらゆる手を尽くして出来る限り穏便に済ませたつもりだったが、警視院が動いた事実に変わりはない。グラーシアの生徒の学力低下も懸念されている今、聖なる学び舎の権威を維持すべく東奔西走する学園上層部にとって、この事件の発覚は手痛い打撃だった。
 ただ唯一、夏の終わりに政府高官の殺害事件が起こり、世論の注目がそちらに行ってくれたのが不幸中の幸いだったかもしれない。不謹慎ではあるが、正直なところライラック理事長はその事実に少しだけ胸を撫で下ろしていた。このままグラーシア学園に逆風が吹き続けるのはなんとしても避けたかったのだ。
 しかし学園の運営費はその多くを国が負担している為、来年度の予算会議時には国の役人から厳しい言葉が投げかけられるだろう。それを黙って受け入れるわけにはいかないからこそ、今から動いておくのである。
「事情聴取は調子良く進んでいるようです。ヘンベルク教授も素直に供述しているようですし」
「そうですか。それは良かった、早く取引していた男も見つかるといいのですが」
 表情をふと緩ませる学園長とは逆に、しかし――とライラック理事長は太い眉を曇らせた。
「やはり、あの歓楽街が犯罪の温床になっている事実を裏付けるような事件でしたから、頃合を見て警視院も動こうとしているようです」
 言葉を噛み砕くように学園長は何度か頷く。そして、その意味するものを唇に乗せた。
「あの地区の一斉粛清――ですか」
 いつもは穏やかに笑っている学園長だが、目を伏せて思案にふける顔には不意に鋭いものが宿る瞬間がある。ライラック理事長が眼で頷くと、学園長も表情を変えずに問いを重ねた。
「教授と取引をしていた人物について、進展はないのですか?」
「それについては捜査も難航しているそうで。――しかし、まだグラーシアに潜んでいる可能性も十分にあるとか」
「ここは隠れ家には最適ですからね」
 さらりと返された言葉が、ずんと重みを持って胸に落ちる。その通りだ、研究所にこもりがちな学者の多いこの都市は、近所にどんな人間がいるのかも把握しづらく、また蒸気機関車も走っている為人の出入りも激しい。更に天才というものは往々にして奇行に走る者も多く、多少不審な人物がいたところで気にする人もそういない。これ以上後ろめたいことのある人間がその身を隠すのに適した場所はあるまい。特に夜間に華やぐ歓楽街が犯罪の温床になるのも頷けよう。先の事件でのルークリフも、ここで取引の話を進めていたそうだ。
 学園長は暫く手を口元にやりながら思案した後、ライラック理事長を見返して頷いた。
「わかりました」
 その返事の意図するところを察してライラック理事長も頷き返す。
 それは、ヘンベルク教授のように闇との繋がりが疑われる人物を洗い出して警視院の粛清が始まる前に内部で摘発し、しかるべき処置をとるということだ。粛清が始まってから学園内部の人間との関わりが発覚すれば、先の事件もあった手前、立ち直れないほどの打撃になりかねない。
 無論、そのような人間がもう学園にいないのならそれにこしたことはないが――長らくこの学園に関わってきたライラック理事長は、唇を引き結んで首を横に振る。人間は、そこまで美しくはない。
 綺麗事ではなかった。彼らの目的はただ、学園とそこに通う生徒を守ることにある。汚職は決して許されることではないが、それを正義感からではなく、学園のために時期を見計らって処罰する、それが彼らに求められた立場だ。そして、それを受け入れる覚悟があるからこそ、二人はそれぞれの役職についている。
 昏い現実をライラック理事長は苦々しく舌の上で転がした。ふとすると思うことがある。自分は変わらないのかもしれない、金の為に手段を選ばず研究の道を踏み外す人種と。自分の場合、金が学園の名誉にすり替わっているだけだ。この地は金でも名誉でもない、学びの都の筈なのに――。
 そう考えると自分の存在が酷くいびつなものに思えて、目の前の学園長は一体どう思っているのだろうかと尋ねたくなる。この矛盾を彼はどう処理して、平然とした顔で学園長の座についているのか。しかし、訊こうと思っても自分の口は錆びたように重たい。あまりにこの人物の手腕を見すぎているからかもしれない。後ろめたさと迷いを抱えている自分よりも確固とした答えを持っていそうな年下の学園長のことを、何処かで認めたくないのかもしれない。
 そんな酷く幼稚な考えに今更ながらに気付いて、ライラック理事長は我ながら大人気ない、と胸の内で苦笑した。これではただのひがみだ。しかし、実際ひがみたくもなるような人間であると思うのだ。グラーシア学園を主席で卒業し、教員になってからもその才能を見出され、数多の味方をつけて頂点へ上り詰めた、だというのに性格には険がなく穏やかに笑っている完璧な男。見た目ですら嫌味なところはなく、むしろ目立ちにくい服装をしているのに外国人の母から受け継いだという淡い水色の髪が逆にはっと人の目を引く。そして、この前を見据える表情。全てのことに答えを持っているとでもいいたげな。
 一体、あの物静かな瞳の奥で、彼は何を考えているのだろうか。
「理事長、教授とルークリフ君それぞれの聴取の詳しい内容を手に入れることは出来ますか?」
「え?」
 思わず眉が跳ねた。とりとめのないことを考えている内に、集中力が散漫になっていたらしい。慌ててライラック理事長は取り繕うように手を組むと、口の端を歪めて笑った。
「流石にそれは無理ですよ、この話だって本来捜査機密なんてす」
 実際、警視院にいる友人に耳打ちされるように聞いた話だ。詳しく探りを入れたところで、逆に痛くもない腹を探られる羽目になるだろう。
「そうですねぇ」
「それに知ってどうするんです。まさかご自分で検挙なさるつもりでもないでしょう?」
 冗談まじりに言うと、学園長も眉尻を下げて笑った。
「――いえ、ただ少しでも情報が多いにこしたことはないので」
 その様子に裏があるようには思えなかったので、ライラック理事長はそれを笑って聞き流した。結局、彼が学園長の瞳の奥に浮かぶものに気付くことも――今はまだ、なかった。




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