-紫翼-
一章:聖なる学び舎の子供たち 22.夏季休業 休業日の朝、俺は一人でベッドに横たわって、ぼんやりとしていた。 エディオは授業がないというのに自習するとか言って、いつもと同じように早朝に出ていったらしい。あいつが寝坊したところを未だに俺は見たことがない。 スアローグは、安息日の朝は欠かさず教会に行っている。単に実家での習慣が抜けないだけだと語るスアローグは、今日は次こそ解体されない研究室に当たるように祈ってくると、疲れた顔で出て行った。 先日の一件で、ヘンベルク教授と助手のルークリフは逮捕され、スアローグが所属していた研究室は解体処置をとられた。そしてスアローグや他の生徒たちは、事件に関わりがないと認められた後、他の受け入れ先の研究室を探す羽目になったのだ。 スアローグは連日の事情聴取に心底うんざりした顔で、僕が早くにハゲたら絶対あの教授のせいにしてやるとぼやいていた。学園内もその事件のことで暫く根も葉もない噂が飛び交い、話題に事欠かなかったくらいだ。 ――そして、俺も。あれから、俺も少し変わったことがあった。 相変わらず早起きが甘味を絶つくらいに難しいことだと自負する俺は、今日の朝もエディオが出て行った時間はまだ夢の中、スアローグが教会に行く時にやっと起こされ、寝ぼけ眼で不毛なやりとりをした後、二度寝して起きてたっぷりの砂糖を入れたコーヒーをすすり、再びベッドに戻ってきたわけである。いや、ここまでは正直今までとそう変わらないのだが――。 『君の身の上を知っている者を、知っている』 抑揚のない声が蘇るのと同時に、じわりと胸が痛んで俺は顔を歪めた。起きれば頭をぶつけるほどに低い二段ベッドの天井が、圧迫するように視界に映る。 あの事件の後、俺はあの部屋で言われたことを包み隠さずフェレイ先生に伝え、相談した。といっても、あの後の先生はとても話しかけることが出来ないくらいに慌しく動いていたから、やっと先生の家の書斎で話を聞いてもらえたのは数日後だったのだが。 フェレイ先生もこの情報には驚いたらしく、面会許可がでればすぐに話を聞いてきましょうと言ってくれた。しかし、フェレイ先生は言いにくそうに、こう添えた。 「その人物は、今回ヘンベルク教授が取引をしていた人物と同一である可能性がありますね」 俺は、出してもらった紅茶のカップからじんわりと染み入る熱に目を伏せながら、小さく頷いた。可能性は高いだろう。俺は――自分で言うのもなんだが、恐らく後ろ暗い過去を持っているのだと思う。記憶を失ったこと、気がついたら川岸で小船に乗っていたこと、そしてタイミング良く差出人不明のグラーシア学園への推薦状が届いていたこと――、少なくとも一般的な家庭に生まれついた感じではなさそうである。それだったら、ヘンベルク研究室から薬品を横流しされていた者が俺の出自を知っていても、違和感はない。 だが、同時に俺は鉛を飲み込んだように胸が重たくなるのを感じていた。――やはり俺はそういった人間に存在を知られている人間なのだと思い知らされたのだ。前々から薄っすらとそういう予想をしていたものの、明らかな現実になったそれは鈍い質量を持って、俺に重たくのしかかってきた。 それを努めて顔に出さないようにしながら、紅茶の暖かな緋色に目を落としていると、フェレイ先生は、取引をしていた男は異変を感じ取ったのか、完全に姿を消してしまって警視院でも行方を追っているそうだと教えてくれた。慌てずに新しい情報が入ってくるのを待ちましょうと、慰めるような表情のフェレイ先生に、俺は曖昧に笑ってその場を辞した。 組んだ腕に頭を乗せて、ぼんやりと茶色の天井を眺める。あれから、フェレイ先生はヘンベルク教授とルークリフに適当な理由をつけて面会に行き、それとなく詳しい話を聞いてきてくれた。 そして、やはり予想は現実となった。その人物は中背の男で、人ごみに紛れてしまえば誰もその道の人間と思わないくらいに特徴のない人間だったと、ルークリフは語ったらしい。名はラルーと名乗ったらしいが、恐らく偽名だろう、あまり有力な情報とはいえない。 念の為、二人が俺のことについて、男から他に何か聞き出していないかも探りをかけたようだが、二人は本当に他には何も知らなかったらしい。 ふう、と俺は息を抜く。俺の目の前を掠めていった真実――、もしもあの時、あのまま俺の記憶が目の前に突きつけられたとしたら、俺ははたしてそれを受け入れられたんだろうか――? 目蓋を閉じて、ゆっくりと俺は思考を回転させた。 俺は自分の記憶を取り戻すのが恐ろしい。きっと、それはとても悲しい記憶なのだと、何故かそれだけは理解していた。そして、意識する度に指が震える――あの魔力測定試験での出来事。どうして、あんな魔力を扱うことが出来るのか、未だに答えは見つからない。また、本気で魔力を放てばどれほどの威力になるのかも、恐ろしくて試すことが出来ない。 おもむろに目を開いて、ベッドに備え付けられた棚の、一番下の段を開く。衣類が入っているその一番奥に手を突っ込むと、硬いものに指が触れて、それを手探りで取り出した。 白い布に包まれたそれを顔の前まで持ってきて、そっと布をとく。中からは、俺をこの学園に編入させた人のものと思われる――グラーシア学園の卒業証が、金属特有の鈍い光沢を露にした。裏面は、名前が掘れられた箇所に大きな傷がつけられている。 これは誰に与えられたものだったんだろうか。その、取引をしていたという特徴のない男のものだったのだろうか。 「……俺に、どうして欲しいんだ?」 普通の学生として生きていても、胸の内にある黒いものに苛まれ続け、しかし過去に向き合うには、今の俺にはあまりにも――。 窓の外からは強い陽光が降り注ぎ、いよいよ夏の本番を伝えているようだ。 ――夏季休業は、もうすぐそこに迫ってきていた。 *** 聖なる学び舎グラーシア学園の夏季休業は、親元を離れて暮らす子供たちが帰省できる一年でも二度しかない長期休業であり、その長さは一ヵ月半にも及ぶ。休業期間は学生寮も閉鎖され、事情があって帰ることのできない生徒は、都市の個人業の店などで住み込みで働くなどして、どうにか宿を得ていた。 しかし、今の生徒たちにそんな努力は無用のものだ。フェレイ先生が自宅をまるごと貸してくれるからである。私一人で住んでいてもつまらないですからねえ、と言ってくれるフェレイ先生には本当に頭があがらない。 学期末の試験も終わると、ようやく家族の元へ帰れると、学園内の空気も浮き足立っていた。この時期は部屋の整理をする生徒も多いようで、鷹目堂に本を売りに来る人が急激に増える。お陰で俺の方は試験後だというのに妙に忙しかった。 最も、今は動いていないと暗い思考に浸ってしまいそうだったから、むしろこれはありがたいくらいだったんだけれども――。 「――ふう」 鷹目堂は週に一度の休業日の他に、早い時間に店を閉める日があった。今日は丁度その日で、夏で日が長いのも手伝って、店をでたときは驚くほど明るかった。このまま寮に戻るのもなんだか勿体無いなと思った俺は、ふらふらと大通りを歩き出した。 実家に土産物を買っているのか、大通りには多くの生徒が繰り出している。人の流れに沿うように歩いていき、そのまま広場の方に下っていく。 この都市にやってきて、もう何ヶ月が過ぎただろう。整然と並べられた石畳に白い建物が軒を連ねる大通りは、すっかり馴染み深いものになっていた。 歩いていく生徒たち、学者たち――。 不思議な光景だよ、といつかスアローグが言っていたのを思い出す。ここには人の営みがあまり感じられないと――たとえば赤子を抱いた母親だったり、家族連れだったり、そういった人が住まう場所に必ずあるものが抜け落ちていると思わないかい、と奴は言っていた。もちろん、投げられた言葉に、俺は目を伏せることしか出来なかったのだけれど――。俺にも、ぽっかりとそういった記憶が抜け落ちているのだから。 抜けるように広がった空には、夏の雲が浮かんでいた。暑い日差しは、夕刻が近づくにつれて穏やかなものになっていく。はっとするほどに鮮やかな青が、静かにその色彩を緩めていく。優しく都市を吹き抜けていく風が、なんとも心地良い。 さらさらと風が髪の合間をすり抜けていくのを感じていると、気がつけば中央広場まで辿り着いていた。 左手に都市の真の入り口でもある蒸気機関車の駅が白亜の門を開いており、右手にはグラーシアの象徴ともいえる、登れば都市を一望出来るであろう時計塔。 そして、目の前には、華やかに水しぶきを散らせる噴水と――。 「セライム」 その縁に座って足元にたむろする鳥たちに、何かをまきながらぼんやりと駅の門を眺める、黄金を溶かしたような見事な金髪の少女がいた。 「うん? ――ああ、ユラスか」 ゆっくりと、都市が夕暮れの茜色に染まっていく。近づいてくる俺に気付いたのか、セライムの澄んだ青の双眸がこちらを向いたので、俺は小さく笑って手をあげた。 「よ、何やってるんだ?」 「見ての通りだ。働き先でいつもパンが余るからな」 セライムは持っていた一切れのパンを小さくちぎって、石畳に放る。すると小鳥たちは我先にとそれをついばみ始めた。そんな様子に、ふっとセライムの瞳が緩む。 「可愛いな――お前も仕事帰りか?」 「ん、そんなところ」 人に慣れているのか、小鳥たちは俺が近寄ってもパンくずをついばみ続けている。 「そうだ。お前、この前私がいないときに店に来て、デザート類を全部頼んでたいらげていっただろう」 セライムは、くすりと笑みに悪戯っぽさを交えさせて、こちらを向いた。 「……あー」 そんなことこの前の給料日にしたっけなあ、とぼりぼり頭をかく。確か6皿くらいのデザート名が書かれたメニューをパタン、と閉じて『デザート全部』と鮮やかに告げた俺に、店員の人が目をひん剥いていたっけ。 「店長が、そいつは何者だって驚いた顔をしていたんだが、そんなことする奴はお前くらいしかいないと思ってな」 「うーん、今、都市の甘物食べつくし作戦の遂行中なだけなんだけどなあ。あ、でもあそこのガトーショコラはうまかったな、木苺のソースがかかってるやつ」 また食べにいこうリストに入っているケーキを思い出した瞬間、じわっと唾が沸いてきて甘いものが食べたくなる。ポケットを探ると、棒付き飴が二本ばかし余っていたので、俺は迷うことなく取り出して包みをといて咥えた。もう片方は丁度良いと思って、セライムに差し出してやる。 「ほれ、お前も食うか」 「……お前という奴は」 セライムは心底呆れた顔で笑うと、棒付き飴を受け取って、色彩豊かな包み紙に包まれたそれに目を落とす。 「お前が甘い物の話をするのが悪い」 そう嘯くと、セライムは肩の力を抜き、ありがとうと呟いて包みをといた。ぺろっとそれを舐めて、足元にたむろする鳥たちに目をやる。 俯くセライムの姿は、元々持つ容姿の端麗さも加わってまるで一枚の絵のようだ。やや橙がかった日差しが、ふんわりと黄金の髪に反射してきらきら光る。ふとすると見入ってしまいそうな静かな表情に湛えられているのは、深いところでたゆたう優しさと儚さだ。いつもは元気に飛び回っているのに、こういう姿を見ると、やっぱり良いところの娘なのだと、妙な感慨があった。 「――早いものだな。お前がこの都市にやってきたのが昨日のことのようだ」 「ああ――あの時はお前に殺されそうになったんだっけな」 うっ、と痛いところをつかれたセライムは、気まずげに目を逸らした。話しながら俺も思い出す。あの時こいつは一人でフェレイ先生の自宅のテラスから、星空を見上げていたのだ。 「そういえば、なんであの時あそこにいたんだ?」 そして俺は、その姿に何かを感じた――あの眼差しに、佇まいに。 セライムは微かに長い睫を震わせて、少しためらってから、もう一度離れたところにある駅の門を眺めて、ごく小さな声で答えた。 「……笑わないか?」 「答えによるぞ」 「なら言わない」 「分かった、笑わないように心がける」 「なんだそれは」 ふふっとセライムが吹き出す。開き直ったのか、もういいやといった風に苦笑しながら、セライムは駅の方に顔を向けたまま――。 「何故私は自由に空を飛べないのかと思っていた」 「ん? 都市の外にでて思いっきり魔術行使やったら出来ると思うが」 「そうじゃない」 全く夢のない奴だな、とセライムは眉根を潜めて、がくりと肩を落とす。 「そういう意味じゃないんだ。それに浮遊なんて高等魔術、一生かかっても使えるようになるか分からないだろう」 呆れきった声に、そうか、と俺は若干顔を苦くさせた。――浮遊の魔術は『普通の人間には』難しいものなのだ。 「鳥になって、自由に世界を飛べたら気持ち良いだろうな」 不意に、セライムの表情が翳る。その言葉は、まるでそんなこと出来るはずもないと諦めているようにも見えた。自分は、この大地に縛られて生きていくことしか出来ないのだと。 蒸気の唸り声が、風に乗って聞こえてくる。蒸気機関車が丁度都市に入ってきたのだろうか。セライムも聞こえたようで、耳を澄まして駅を見つめていた。 「お前、この夏は実家に帰るのか?」 駅の門を眺めながら、ふと無意識にそんなことを尋ねていた。 セライムの瞳がはっと揺れる。俺も、自分で自分が何を言ったのかを理解した瞬間、我に返って慌てて首を振った。 「あ、いや、悪い。答えにくかったらいいんだ」 俺が自分のことをろくに話さないのに、セライムにそんなことを聞く権利など俺にはあるまい。ぼんやりとしていたから考えなしに聞いてしまったが、今のは完全に俺の失言だ。 しかしセライムは俺の予想を裏切って、くすりと笑ってみせた。 世界が夕暮れに傾いていく。セライムの持つ半透明の棒付き飴が、ちらっと光る。華々しく舞う噴水の色も、気がつけば燃えるような茜色に染まっていた。縁に腰掛けたままのセライムは、ゆるりとこちらを向いて口を開く。 「少しだけ、帰ろうと思う」 都市の中央広場は夕刻になるにつれて、行き交う人もまばらになり、ぽっかりと開けたそこは何処か空虚だ。そんな広場の中心で、しかしセライムは、しっかりとした声で語りだした。 「スアローグ辺りに聞いたか、私の家のことは」 「あ――ああ、まあ大体は」 そうか、と空を仰ぐようにして呟く。俺は恐る恐る、その横顔に問いかけた。 「……帰りたくないのか?」 「今の父は、本当の父親ではないんだ」 一瞬、夕日をかぶって影が落ちた横顔が別人のように見えて、息を呑む。そうして、ぽつりと夕暮れに落ちた言葉の、その意味を理解して一層俺は色を失った。 だが、時が止まったように思ったのは、ほんの僅かの時間のことだった。もう一度視界に映った少女は、決して俯くことなく、真っ直ぐと目の前を見据えている。 「本当の父親は、私が小さい頃に亡くなってしまったからな」 真実を語る声は、どこか透き通っていて空虚で、何故だか現実感が抜け落ちていた。呆然とする俺の表情をどうとったのか、セライムは苦笑する。 「そんな顔をしないでくれ。決して不幸な家庭ではないんだ。新しい父はとても優しいし、よく気遣ってくれる。もう弟もいるんだ。家族の仲もいい、とても裕福な家庭だ」 そこまでつっかえることもなく穏やかに言ってのけたセライムは、最後にただ、と付け加えた。 「――ただ、私は前の家が好きだった」 肩が震え、端整な顔が不意にくしゃりと歪んだ気がしたが、見間違いだったかもしれない。セライムは、私はこの学園に逃げ込んだだけなんだ、と寂しそうに笑った。 「でも、いつまでも逃げているわけにはいかないからな。今回は、少しの間だけでもちゃんと帰ろうと思う」 そこには、必死で己と戦う少女がいた。ひたむきに立ち向かおうとする、真っ直ぐな輝き――。 「……」 口をついてでかけた問いを押し込めて、俺は目をそむけた。俺にはただ、その様子が少し眩しすぎた。 セライムは重たい話をしてしまったことに若干後悔したのか、すまないと一言告げて苦笑する。 「少ししんみりした話になってしまったな。さあ、帰ろうか?」 ぱんっ、と膝の上を払って立ち上がる。 ――どうしてお前は、そんなに強くなれるんだ? 言葉は喉を滑り落ちて、心の中だけに重く響く。 セライムに促されて、なんとなしに足を動かしながら、俺はすっかり黄昏の色に染まりきった空を仰いだ。 俺があの川のほとりで目覚める前の記憶。思い出してしまうのが恐ろしい記憶。でも取り戻さないと、と心のどこかが叫んでいる。なのに俺は、こいつのように真っ直ぐと立ち向かうことが出来ない。それに、それらを探るにしても手がかりもない。 「お前は休業期間中はずっと先生の家にいるのか?」 何気なくセライムが問いかけてきて、生返事をする。そう、俺は先生の家に来る前は、川のほとりで眠っていたのだから――。 ……川のほとり? 「――」 俺は、ふとあることに思い当たって、目を見開いた。 そうだ。俺は、あの川の浅瀬で、『小船に乗って』眠っていた。ということは恐らく、俺は上流から流されてきたのだ。 つまり、あの川の上流に、何か俺の過去に関する手がかりがあるのではないだろうか――。 ぞくり、と背筋がひきつった。知りたい、でも知りたくない。知ることが出来れば、全てが解決するのかもしれない。しかし、知れば、知ってしまえば――全てが壊れていく予感もしていて――。 「セライム」 「どうした?」 「お前みたいに過去に恐れることなく立ち向かうには、どうしたらいい?」 笑みを失った俺の横顔に、セライムの大きな瞳がぱちぱちと瞬く。 セライムは、少しの間考え込むようにして俯いた後、足を止めることなく口を開いた。 「恐れることなく立ち向かうなんて、出来はしない」 ――そう。恐れることなく立ち向かうことなど、出来はしない。 「私も本当は怖いんだ。でも、それでも私は強くありたいと思う。だから――」 ――たとえ恐怖に潰れそうになったとしても、私はこの目を開いていたい。強くありたい。 「――」 何処かで聞いた言葉。 ぐらりと、心を揺さぶる。 散乱する影。 ぼやける輪郭。 暗くて明るい世界。 流れている、何かが流れている――。 さらさらさら、さらさらさら――。 ――俺は、この言葉を――何処かで、聞いたことがある……? 「あ……」 かっと頭の奥が熱くなって、俺は思わず額を手で覆った。ぎゅうっと、心臓が握りつぶされたかのように圧迫される。 「ユラス?」 俺の反応に、怪訝そうな瞳をしたセライムが覗き込んでくる。深い青が、夕暮れに影を作って――。 「いや……」 頭の隅で渦巻く黒いものを、どうにか抑えこみながら、歯を食いしばる。 俺は――やはり、 どこかで――こいつに、会っていた……? 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