-紫翼-
起章:はじまりの春

02.風に、異質な匂い



「んー」
 こめかみを人差し指でぐりぐりしながら、考える。
 なんだっけ。俺はとても大切なことを見落としている気がしてならない。
 セトはこちらを不思議そうに見上げているし、川は相変わらずさらさら流れているし、小舟は相変わらず――、って、ちょっと待て。
「小舟……?」
 そうだ。俺は、あの小舟に乗っていたんだ。それで、川に投げ出されて。
 それで。
 それ、で――。
「――、」
 ふっ、と。
 それは目覚める前の記憶に触れた瞬間だった。それでいて、目の前の世界が遠のいた瞬間だった。
「――え、」
 最初は軽い眩暈だと思った。しかし歪みはみるみる不快感となって俺を支配していく。振り払えぬ闇に囚われたように、体が自分のものでなくなっていくようで――。
「な、」
 ぼやけるようにして視界が眩む。目は開いているはずなのに、世界がどんどん遠ざかる。
 嘘だろ、と頭の何処かで呟いた。急激に体が冷えていく。何かを紡ごうとした喉はからからになって張り付いて、声がでない。頭を殴られたように、平衡感覚が失せていく。
 ぴきり、と体の芯が強張る。まるでガラスにヒビが入るように。きっとこれは――眩暈なんてものじゃすまされない、強烈な、何か。
 どうして俺は気づかなかった? それについて考えなかった?
 そんなこと、俺自身が自分に聞きたい。嘘のようにまた体がひとつ震える。
 春の陽光は残酷なほど、穏やかに。
 奥深くまで続く木々たちはただ俺の視界を包み込んで。
 川は、――川は、当たり前にそこに流れていて。
 そうだ。


 俺は、


 小舟に、乗る――前に、


 何処に、いたと、


 ぞわりと、胸の内に湧き上がる冷たいもの。
「……ぁ」
 その瞬間、現実が弾けとんだ。黒い液体が脳裏に流れ込み、異物感に支配される。体が熱いのか、冷たいのか、よくわからない。全身の血液が沸騰したようなのに、背筋は凍ってしまったかのように冷たい。がんがんと頭部が痛んで思わず両手で抱えるようにする。
「っ……、」
 ぐにゃりと歪んだ視界の奥底が眩む。ちかちかと光が瞬く。その奥の奥、大雨の夜が見えた気がした。
 つんざくように降り続ける雨。痛いほどに肌に当たって、流れて、落ちて。冷たい雫が滴った。風はなかった。雨の音だけが、この世の全てを支配する。
 何か当たったと思った。自分の膝が崩れ落ちたようだ。しかし立ち上がることなど許されてはいなくて。
 誰かの声。聞きたくない。だが呼んでいる、誰かが俺のことを。何度も何度も。
「――っ!?」
 刹那、突然別のところから物音を聞いた。俺の体は跳ねるようにしてそちらに向いた。
 現実と夢の渦が混同される。どこまでが本物なのだか、みるみる不明瞭になる。その声は現実なのか? 夢なのか? 俺は今、どちらを見ている――?
 草をかき分ける音。何か――何かが、こちらに歩いて来る音。
 逃げることすら出来なかった。ひきつった喉は渇いてろくに役にたたない。嫌な耳鳴りが悪夢のように途切れることなく続いている。
 呼吸すらままならない状態で、だけれど目だけは見開いたまま、俺はその物音の方を見つめていた。
 草むらの影が揺れている。木々の向こうに、ゆらりとゆらめく影。
 それが次第に形を成して、こちらにその姿を露にする――。
 がさり、と木々の隙間から、それは足を踏み出した。
 風に、異質な匂いが混じる。

「――えっ?」

 聞こえたのは素っ頓狂な疑問の声だった。その声が、妙に頭に響く。わからなくて、わからなくて、ただ頭をかきむしるしかない。影は驚いているようだった。息を呑む音が聞こえてくる。再び、声が聞こえた気がした。
「ど、どうしたんですか!?」
 赤く点滅する視界の中、逆光になった影がこちらを見下ろしている。声がでなかった。痛いほどに高鳴る心臓に締め付けられて、思考が痺れる。声の元を見ているはずなのに、目が光を光として認識しない。
 ふっと被っていた影がずれて、陽光が再び網膜をさした。
 膝を折ったのだろうか、座り込んだままのこちらを、誰かが覗き込んでいる。
「……」
 もう一度、言葉が聞こえた気がした。人の形をした影が何かを言った気がした。
「大丈夫、ゆっくり息を吐いて下さい。大丈夫――」
 何かに額を触れられた。優しい音が降りかかる。何度もそれらが繰り返される。
 それで幾分か、動悸が和らいだ。誰かが傍にいる。ふんわりとした、暖かな感情に満ちた誰かが、そこに。
 そう、今までに知らなかったような光、温もり。まばゆさとあたたかさ。ああ。知らなかった。目覚めの世界は、こんなにも――。


 瞳の奥で、また光が瞬いた。
 そうだ。俺は……俺は。
 俺は――誰なんだ。
 俺は――。


「……っぅ」
 はっとするような唐突の理解と共に、最後に一度だけ頭の奥が痛んだ。やっとのことで正常に戻っていく俺の視界には、心配そうにこちらを覗きこむ人の姿――。
 吐き気がするほどの頭痛は次第に退いていき、血流が逆行するような違和感も薄れていった。
 辺りに再び静けさが戻る。川のさらさらと流れる音が優しく感じられた。
「落ち着きましたか?」
 見上げるとぼやけていた影が、人の顔として視界に飛び込んでくる。
 俺はその顔を見た。屈むようにして膝を折っている、その人の顔を。
 薄手のローブを着た男の人だった。陽光を被るのは淡い水色の髪。人の良さそうな顔が、今は不安げに揺れている。
「――あ、」
 それをやっとのことで認識した俺は、どうにか頷いて頭を抑えていた手を引き剥がした。
 抜けたのだろうか、指に自分の髪がついていた。――セトの翼と同じ色をした、紫色の髪だった。
「……すみ、ませ……」
 その人は搾り出すような俺の声を聞くと、かすかに表情を歪めて首を傾げる。
「まだ気分が悪いですか?」
「いえ……もう、平気です」
 言葉と共に、頭痛の波を頭の隅に追いやった。それでどうにか普段通り思考できるようになる。そうなってしまうと、まるで先ほどの眩暈が嘘のように体は正常を取り戻した。もう、大丈夫なようだ。
 小さく笑って見上げると、その人も幾分か安心したように息を吐いた。
「良かった、大事はなさそうですね」
 しかし一体この人は誰だろうか。
 するとその人は、笑みを苦笑に変えてみせた。
「ああ、すみません。びっくりしましたよね、突然森から人がでてきたりしたら」
 歳はどのくらいなのだろう。見かけは大体三十代も後半だろうか、そこのところはいまいち掴みにくい。
「私はこの近くに住んでいる者です。お散歩をしてたら声が聞こえて、驚いてきてみたらあなたがいたもので」
 ……声。
 ああ、さっき足を振り上げたときの絶叫か。それだったら森中に響いているかもしれない。
 それを聞いてここに来たというのなら確かに頷ける。
 そりゃ驚くだろう、突然森の中で悲鳴が聞こえたりしたら。
「でももっと驚きました、……こんな所でどうしたんですか?」
 そりゃもっと驚くだろう、来てみたら得体の知れない人間が苦しんでいたのなら。
 岸辺に座り込んでいる俺に合わせて、その人も膝を地につけたまま首を傾げてみせる。
「あ、いや、その」
「あっ」
 どもる俺の声に重なるようにして、その人はぽん、と手を叩いた。そのまま髪に手をやるようにして笑う。
「すみません、申し遅れました。私、フェレイ・ヴァレナスと申します」
 お見知りおきを、とでも言うようにぺこりと頭を下げる。見かけ年齢の割にその仕草は子供っぽかった。
 ……さて。
 見知らぬ人に助けられて、名前まで教えてもらって。
 返せる答えの一つもないという今の状況はどんなもんだろう。
「あー、いや、ご丁寧にどうも」
 とりあえず笑顔で頭をさげてみる。
 ……その場しのぎにしかならなかった。
 とにかくいつまでも二人して座っているわけにはいかない。足に力を込めて立ち上がってみる。
「それでユラス君。お連れの方はいらっしゃらないんですか?」
 フェレイと名乗った人も立ち上がって問いかけてきた。こうしてみると背が高いが、見下ろされても不思議と威圧感がない。線が細いためだろうか。
「そ、それが一人で」
「おや……では道に迷ってしまったんですか」
「そ、そんなところだと思いたい所存で」
 会話に違和感があったが、誤魔化すのに精一杯で頭に入ってこない。
「そうですか。だったら都市まで一緒に行きますか? 丁度私も帰るところだったので」
 どうでしょうユラス君、と笑いかける。
 ん?
 何かおかしい。
 ユラス君、ユラス君……。

 待ってくれ。

「ん、んなーーーー!!?」
 思わず後ろに数歩さがってしまう。
 ユラスという名前はきっと俺を指しているのだろう。
 だが、そんなこと俺自身ですら知らなかった。なんでこの人が知っているんだ。なんだ、この人何かの組織の人間なのか。俺をさらいに来たのか。俺ってば黒ずくめのお兄さんに売られちゃうんだろうか。
「お、俺は高いですよ!?」
「はい?」
 のん気に首を傾げてくれた。
「なんで名乗ってないのに俺の名前知ってるんですか?」
 するとその人は目を丸くする。やっぱりこの人は闇の組織の人間なのか。
 だが次に返ってきた答えは緊張感に欠けた声。
「え、そこに書いてありましたので……」
 不思議そうにその人が指差す先を、俺も、見た。
「……う、うお」
 我ながらすごいことを失念していたと思う。
 丁度、俺の右胸のところ。そこには銀色の鈍い光沢を放つ、小さなプレートが貼られていた。
 よくよく見ると、『ユラス・アティルド/生年月日73.03.03/コード798』と丁寧に掘り込まれている。
 灯台下暗しとはまさにこのことか。
 ユラス・アティルド、きっとこれが俺の名前なのだろう。聞いたことのあるようなないような単語だが、ないよりはましだろう。
「あ、お名前、違いましたか?」
「い、いえっ、ユラスです。俺はユラス・アティルド」
 あははー、と乾いた笑みを浮かべる俺。だが笑っていても始まらないので、とりあえず気になっていたことを質問してみた。
「すいません、ここって何処ですか」
 素っ頓狂な質問に思えたのだろう。一瞬その人の目が丸くなるが、すぐに元に戻って穏やかに答えてくれる。
「フローリエム大陸リーナディア合州国。東ユベルト州、レイユ川の下流ですよ」
 どこだ、それ。
 レイユ川という川に聞き覚えはあるし……ああそう、フローリエム大陸ってのも知ってる。ユベルト州なんて聞いたこともないが、まあフローリエム大陸のどこかの地方を指しているのだろう。で、今の俺はそのどっかにいる、と。
 ……どうしよう?
「あの、良かったら都市まで案内しますよ。大きな都市ですから、機関車も通ってますし」
 俺はその人を見上げた。気の良さそうな顔をしており、企み事があるようには見えない。
 今はこの人を信じてみるしかないようだった。
「じゃあ、お願いします。出来れば役所みたいな所まで行って貰えると嬉しいんですけど」
「え?」
 ああ、もう。
 言い始めたのなら、最後まで言うしかない。
 俺は半分どうでもよくなって、気持ちいいくらいの満面の笑みを見せた。
 それは、俺だってつい先ほどに気がついた事実。

「俺、生まれてから今までの記憶がさっぱり飛んでるみたいなんです」


 ***


「……で、気がついたらその舟に乗ってここにいたんですか」
 俺は頷いて、少し離れた場所にいるセトに目配せをした。
「あの鳥――セトって今名付けてやったんですけど、そいつに起こされて」
「名前も、生まれも、何も覚えていないんですか?」
「そりゃもう見事に」
 その人は暫く思案するように口元に手をやっていたが、最後には溜め息をついて肩を落とす。
「それは困りましたね」
 その人に手伝ってもらって舟を調べたが、手がかりはなかった。
 俺が着ているものといったらどこにでもあるような白い質素なシャツとズボン、その他に所持品は何も無い。病人みたいな格好だ。服に貼られたプレートだけが俺についての情報を示していた。
 それも名前と生年月日とおかしな数字の羅列だけ。名前があるだけでも幸いだが、その名前を聞いたって俺にはピンとくるものもない。
 自分の顔を見れば思い出すかと川の水面を覗き込んでみたが、無駄だった。紫色の髪と紫色の目をした色以外の点では何処にでもいるような顔が映っているだけで、違和感しか残らない。
 まさに八方塞がりというやつだった。
「仕方ありません、とりあえず役所の方に行ってみましょう。もしかしたら行方不明の届けがでているかもしれません」
「都市ってのはどの辺にあるんですか?」
「ここから少し歩いたところですよ。――ああ、そういえば」
 その人は相変わらずのんびりとした面持ちで、懐から懐中時計を取り出す。そうして現在の時間を調べて、困ったように溜め息をついた。
「どうしたんですか?」
「いえ、ちょっと皆さんに秘密で散歩していたものですから。そろそろ急がないと本気で怒られちゃいそうです」
 困りましたねえ、とあまり焦っていない様子でぽりぽり頬をかく。
「申し訳ないですが、役所に行く前に私の職場についてきて貰えますか? 実はこれから会議があったりするんです」
「会議……って」
 そうだよ。一体この人、何者なんだ。
「何の仕事してるんですか?」
 とても会議が必要な職業についているようには思えないのだけれど。
 するとその人は恥ずかしそうに後頭部に手をやった。
「ええ、お恥ずかしながら教師をやらせて貰ってます」
 ――キョウシ?
 叫師? 凶師?
「……」
「でもここだけの話なんですが、実は採用試験で地理はギリギリだったんですよ。試験範囲に地理があるということをすっかり失念していて史学しか勉強していなくて」
 皆には内緒ですよ、といわんばかりに声を潜めて教えてくれる。
「……教師?」
「はい」
「教える師、と書いて」
「なんだかくすぐったいですね」
「つまり職場とは」
「はい」
 穏やかに、その人――フェレイ先生は笑った。
「つまり、学校です」
 ……学校。
「さて、行きましょうか」
 そう告げると、フェレイ先生はセトに視線を向けた。
「セト君、でよろしかったですよね? あなたも来ますか?」
 するとセトは軽くいなないて翼を広げ、大空へと羽ばたいていった。まるで、もう見守る必要はないだろうといった風に。
「おや……行ってしまいましたか」
 みるみる紫色の影は空の高みに遠のき、見えなくなってしまった。
 ほんの数秒の出来事に若干の寂しさも覚えながら、俺はセトが飛んでいった空を見上げた。
「気分屋なんです、あいつ」
「でも、いい名前ですね、セトとは」
 ふと地に目をやり、小さく笑う。
「それにとても賢い」
「賢い?」
 フェレイ先生は軽く目を伏せたまま、こくりと頷いた。
「もしかしたら彼は、私が近くに来たことを察知してあなたを起こしたのかもしれないと思いまして」
「あ……」
 そうだ、俺はあいつに半ば強制的に起こされたんだっけ。もし起こされていなかったら、俺は近くに誰かがいるのも知らずに寝続けていただろう。――にしても、もう少し起こし方というものがあると思うのだが。
「では、行きましょうか」
 そうして俺は、大きな背中の後を追って都市へと向かったのだった。

 数十分後、その光景に絶句することになるとは露ほどにも知らずに。


 ***


「――」
 あんぐりと口をあけたまま、俺は呆然と佇んでいた。
 大体、考えてみてほしい。
 こんな気の良いほんわかした男の人が教師をしている場所なんていったら、田舎の村の小さな学校を想像するんじゃないだろうか。
 町外れの寂れた教会の一角、なんてのも中々似合っているように思う。
 だが、そこには想像を絶する世界が広がっていた。
 秩序をもってして敷き詰められた石畳が、気が遠くなるほどに続いている。青空の下に眩く映えるは白い町並み。何処までも立ち並ぶ、美しい建物の数々。整備された道の周りには一足早い春の花。
 そこを談笑しながら歩いていく、ひと、ひと、ひと……。それらがそれぞれの意志をもってして流れていく。
 目の前には、息を呑むほどに巨大な門。華やかで美しい装飾のされた、白亜の大理石の門だ。
 けれどそれすら霞むほど、一際目を惹くものがある。
 門の向こう、道の最果て。そこに、あまりに大きな建物が存在した。
 白い翼を大きく広げたかのような威容を以ってして、他の建物を牽制するようにそびえ立つ。
 そこにも遠目でも分かるほどの美が与えられていた。華々しい装飾と、瑞々しい風合いと――。
 周辺の建物すら交えて、心に直接訴えかけてくるような、この存在感。
 人の手によって生み出され、確立した巨大な都市。
 その圧倒的な貫禄に、よろよろと後ずさってしまう。
「学園長!!」
 突然の声に俺は肩を飛び上がらせた。危うく尻餅をつきそうになるのをすんでのところでこらえる。
 咄嗟に視線を向ければ、すっかり息を弾ませた女性が立っていた。
 その鋭い眼差しの先には――のほほんとしているフェレイ先生。
「学園長、どこに行っていらしたんです! 会議をすっぽかすおつもりですか!?」
 見た目からしてかなり怒っているらしい。しかしフェレイ先生はそんな様子を見留めるなり、にこりと笑ってみせたのだ。
「あ、レイン先生。どうもこんにちは」
「こんにちは、じゃないですーっ!!」
「大丈夫でしたか、そんなに急いで。顔色が悪いですよ?」
 なんだかフェレイ先生に注がれる視線がより一層険悪さを増した気がする。流石にフェレイ先生も一歩後ずさる。俺も三歩くらい後ずさる。
「あなたはこの書類が目に入りませんかっっ!」
 ずばん、という音が似合うような鮮やかさで彼女は紙の束を突き出してみせた。
「は――はい、確かにそろそろ会議の時間ですね」
「だからお呼びしていたんですーっ! 大体あなたはご自分の立場を分かっていらっしゃるんですか!? そうやって勝手に留守をしている間に問題でもおきたら」
 瞬間、はっとしたように腕時計に目を落とす。
「とにかく、お説教は後にしますっ! もうはじまっちゃいますよっ、急いでください!」
「わかりました、じゃあ走りましょうか」
 そんなフェレイ先生に呆れたのか、彼女はがっくりと肩を落とす。
 ふとその視線がフェレイ先生の後ろにいる俺にやられた。同時に彼女の目が丸くなる。
「あら学園長、この子はどうしたんですか?」
「はい。途中で会ったんです。――あ、そうだ」
 フェレイ先生は何かを思い出したように言葉を止めた。俺の方に振り向く先生の水色の髪が、太陽を吸い込んできらきらと光っている。
「ユラス君」
 名前を呼ばれ、俺は背筋を正してフェレイ先生を見上げた。
 フェレイ先生は、その背に門と巨大な建造物を従えて――。
 口元には優しい微笑みを。
 瞳には一杯のぬくもりを。
 その姿がとても高いところにあるようにさえ思えて、俺は言葉を見失う。
 フェレイ先生の腕がわずかに持ち上げられた。
 いや、違う。広がっている。まるで……まるで。
 俺を、この地へと招き入れるかのように――。

 鳥たちが、白亜の都市を背景に一斉に飛びたった。

「ようこそ、聖なる学び舎グラーシア学園へ――!」




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