-黄金の庭に告ぐ-
<第一部>10話:岸辺に眠る神の歌

05.陽光注ぐ廃墟街



「確か、ここからこう曲がったから……」
「旧市街の北側か。廃墟街だな」
 ギルグランスは言いながら地面に置いた市街地図の一点に石を乗せた。
 清涼な風の吹き込む島の広場の木陰である。フィランと共に島を訪れたギルグランスは、岩に腰を下ろしてふむ、と考え込む。
「お、おい。勝手に島を抜け出したんだぞ。何も言わないのかよ」
 地図の端に立ったクロイスは昨晩の一部始終を話すと、不安げに問うた。彼は一年の間、灯台島に軟禁されるという刑罰の最中なのだ。ギルグランスはそんなことかという風に眉を上げてみせる。
「その代わりに娘を守ったのだろう。あの辺りは都市でもタチの悪い無頼が多く危険な地帯だ。よく守ってくれたな」
「ばっ、お、お前のためじゃねーよ! 礼言われる筋合いもねーし」
 頬を紅潮させたクロイスは、そう言ってから自分だけが少女を守ったわけではないことを思い出した。
 ――もう少し待っていて。きっと迎えに行くから。
 そう言って消えた、あの男。しかしフィランが恋人の傍につき、険しい顔をしているのを見て、クロイスは口を噤んだ。見るからに己の手で彼女を守れなかったことに苛立っているようだ。これ以上他の手助けがあったことを言えば、話がややこしくなりそうである。

「それで? なんでお前たちがあのイカレ詩人を追ってんだよ」
「拘留所で起きた――事件を調査していたところ、犯人に彼が浮かんだんです」
 殺しと言いかけたフィランは隣にティレがいることに気付いて取りやめ、金色の瞳を深刻そうに細めた。事件の調査にあたっていたオーヴィンが、無頼の間に流れていた噂を聞き付けたのである。
「知る者には悪魔の名で呼ばれている賞金首がヴェルスに来ているらしい。見た目は幼い吟遊詩人、甘やかな声で詩を歌い、息を吸うように人を殺す。決して金では雇われず、興味を持った仕事のみ引き受けるそうだ」
 その冷酷な少年の被害に遭った各地では手配がかかるのだが、吟遊詩人の身分はありふれている上、直接出会っても、年端も行かぬ少年の容姿が、人々を油断させてしまうのだ。実際、彼が灯台島に訪れていたときも、その正体に気付いた者は誰一人としていなかった。
 だが、拘留所の殺しの手口は紛れもなく噂に上る『彼』の仕業であった。水瓶に毒を盛って門番を屠り、捕らわれた者たちを短剣で次々とその手にかけた。そして灯台島では医女ミモルザに毒を盛り、姉を連れて逃走した――。
 胸糞が悪そうにギルグランスは眉をしかめた。
「口封じの為に拘留所の盗賊どもを始末したのであれば、ガルダ人と繋がっている可能性は高い。娘御よ。確かにその者は複数人と接触していたのだな?」
 ティレはこくりと頷いた。
「八人。みんな男の人。北の関所のことを話してた」
「フィラン」
 ギルグランスは真剣な眼差しをフィランに向けた。
「この娘、貴様より優秀だぞ」
「うるさいです」
 フィランが憮然と返答する。昨日都市の見回りに出ていた彼は、残念ながらろくな情報を集めることができなかったのである。
「他の内容は分かるか」
「……大きな荷物を、運ぶって。急ぐって言ってた」
「よく覚えているな。大した観察眼だ」
「当たり前だろ。そりゃーこいつは具が――ボッ!」
「それなら相手がティレを襲った理由も分かりますね。これは恐らく聞かれてまずい情報だ」
 フィランはさりげなく妖精を叩き落としながら、ティレに気遣わしげな眼差しを向けた。
「ティレ。これからも君は狙われるかもしれない。僕の傍を絶対に離れないでね」
「過保護な騎士殿――と言いたいところだが、私も賛成する。暫くは行動を共にした方が良いだろう。あの娘を取り戻すためにもな」
 力強い言葉にティレはぴくりと反応した。ギルグランスは膝を立てると、座り込んだ少女の額に軽く握った拳を当てた。
「我が紋に刻まれた誇りにかけ、そなたの思いに答えよう。闇夜に捕らわれた歌姫を救い出すために力を尽くすと」
「どうして?」
 他人が見れば肝を冷やすほど不躾に、少女は老練の貴族に向けて問うた。
「わたし、なにもしてない」
 ギルグランスは悪戯っぽく笑った。
「そなたは友人のために我が身を省みずに行動した。その行為により私にとって貴重な情報を得た。ならば私はそなたの勇気に敬意を払い、その身を扶くことで、至上の礼とするのだ」
 ティレは半ば呆然と口を開いていた。するとギルグランスは顔を精悍に引き締め、立ち上がると身を翻す。
「ともあれ、急いだ方が良い。情報が漏れていることは敵も承知の上だろう。我々が手を打つ前に事を成そうと予定を大幅に早めることも考えられる」
「僕たちから見れば逆に好機ということですね」
「無論だ。迎え撃ってやるまでだな」
 好戦的な発言に眼を瞬かせていると、フィランが手をとって立たせてくれた。いつか、故郷を逃げ出したときと同じように。しかし、もうティレは言いなりの人形ではない。
 守りたいものがある、人間だ。
 だから、フィランの影にばかり隠れていてはいけない。そう思って前へ出ると、フィランは思いを汲んだように合わせてくれた。ティレは風に長衣をはためかせる偉丈夫の後を追う。
「んじゃ、俺様もちょっくら――ムグッ!?」
「君は留守番だ」
 当たり前のように後続しようとしたクロイスは、後ろから襟を掴まれて、げっと顔を引きつらせた。
「る、ルシェト! 何すんだよいきなり!」
「寝言も大概にしてくれ。君はこの島を出てはいけない決まりだろう」
「ハア、知るかよそんなん。折角面白くなってきたってーのに、なんでこんなところでオイ首絞まってんぞッ!?」
 騒ぐクロイスを無視してルシェトは振り向いた人間たちを見下ろし、陰鬱に笑った。
「お前たちも約束を反故にする気か、人間。こいつは島から出てはならない身だ」
「確かにその通りですね。ティレを守ってくれたことには感謝しますけど、今日は僕がいますから」
 妖精の存在を快く思っていないフィランがそっけなく言うと、クロイスは牙を剥き出しにして猛り狂った。
「ふざけんじゃねーぞ!? てめーら人間どもに何ができるってんだよ! オイッ、聞いてんのかッ」
「ふざけているのは君の方だ。全く、人間ぶぜいの揉め事に軽々しく首を突っ込んで」
 ルシェトは冷ややかな眼差しを注ぐと、軽く腕を引いた。
「うわっ!?」
 たったそれだけでクロイスの体は巨人に捕まれたようにがくりと揺さぶられる。ギルグランスは仕方なさそうに苦笑した。
「確かに一理ある。妖精の力を借りられるのであれば千人力だが、貴様らには貴様らの掟もあろう」
「ふふ、よく分かっているじゃないか」
「分かってねーよ全然!?」
 そのとき、必死で羽根を羽ばたかせるクロイスの耳元に、ルシェトが何かを囁いた。クロイスの顔からさっと色が消え、ティレを穴が開くほどに見つめる。
「どうしたんです?」
 さりげなくティレを後ろに庇うフィランに、クロイスは暫く沈黙した後、身体から力を抜いた。しかしその瞳には、先ほどの焦りの代わりに青い炎にも似た静かな意思の光が宿っていた。
「……ぜったいに助けてやる」
「クロイス、行くよ」
「くそっ、おいお前、絶対に無理させんじゃねーぞ!?」
 憤怒を撒き散らしながら、クロイスは踵を返すのであった。


 ***


 昨晩悪夢と出会った倉庫裏は、今や昼間の陽光に照らされて、まるで同じところとは思えなかった。
「ここでマリルたちに会ったんだね」
 ティレは違和感に捕らわれながらも頷くと、ゆっくりと辺りを見回す。夜半にはうごめく怪物のように見えた影は、今や無骨な荷車や捨てられた資材となって乾いた世界をとりなしている。煉瓦作りの建物はところどころ壊れて補強用の針金があちこちに突き出しており、よく昨晩はこんな道を走れたものだと思う。
 旧市街の外れは廃墟街とも別称されており、犯罪の温床になっているため、ギルグランスは二人官になったときの公約の一つとしてこの一帯の全面的な開発を挙げていた。事が予定通り進めば、この辺りは岸の形から整備されて大きな港になるのだそうだ。
 と、建物の窓からのっそりと熊のような男が現れた。ギルグランスの配下の一人のオーヴィンだ。
「何か分かりましたか?」
「いんや。確かにちょっと前までは誰かいたみたいだが。今はいなそうだねえ」
 健康的な顔立ちのフィランと、町を行けば誰もが道を避ける外貌のオーヴィンが会話している様は奇妙の一言であったが、ティレは見向きもせずに辺りを見回していた。何処かに『過去』の欠片が――昨晩のマリルの足取りを掴む過去が視えるかもしれないのだ。
 フィランはティレのすぐ隣に立ちながら、溜息に徒労感を滲ませた。
「やはり、ここはただの使い捨ての会合場所なんじゃないですか」
「うーん。どうだろうな。この辺りは地下道の入り口も多いから、アジトがあっても案外見つかりにくかったりするよ」
「そんなこと言ったって、一つ一つ建物と地下道を虱潰しにしたんじゃ日が暮れますよ――って、ティレ?」
 ティレは開いた目で一心に景色を見つめる。ざわざわと、世界が震える音がする。昼間だというのに闇がかかり、膨張した意識が冷たく空気に霧散していく――。
「ティレ!」
 突然肩を支えられて、ティレははっと我に返った。それでも体が折れるのは避けられず、フィランの腕に抱きとめられる。
「大丈夫かい? 無理しないで」
「……」
 どくどくと胸が波打つ。唐突な吐き気に襲われ、ティレは口元を手で覆った。

「なんだ? 調子でも悪いのか?」
 ティレの力を知らぬオーヴィンが怪訝そうに声をかけ、そうだと腰の巾着をごそごそと漁る。
「ほれ、元気が出ないながら俺愛用のトカゲの尻尾入り特製丸薬が結構効く――」
「永眠したいんですか?」
 音速でフィランはオーヴィンの喉元に槍を突きつけていた。
「いや、これ徹夜明けに本当に効くんだ」
「いりませんよそんなもの! か弱いティレになんてもの勧めるんですッ!」
 オーヴィンは取り出した丸薬を切なそうに眺めた。
「この辺じゃ手に入らない貴重な薬なんだがなあ……うん?」
 不意にオーヴィンは真顔になって丸薬を見つめた。
「どうしたんです? 腐ってでもいましたか」
 何の気なしに尋ねたフィランに、オーヴィンは静止したまま尋ねた。
「なあ、フィラン。この都市で手に入りにくいものはあるか?」
「え?」
 フィランはティレを片腕で抱いたまま、顎に手をやった。
「うーん。流石に首都と比べれば品数は少ないですけどね。豊穣の都ってだけあって、大抵のものはあると思いますよ」
「そいつはおかしい」
 いかつい拳をぐりぐりと頭にこすりつけ、オーヴィンは首を捻る。
「何がです」
「連中は『危険なもの』を『都市の外』から運び込もうとしている。つまりそれは今のヴェルスにはないものだ。この都市にない『危険なもの』ってなんだろうな?」
 フィランは目を瞬いて、難しげに考え込んだ。
「そうですね……例えば兵器とか。この都市は無防備ですから。投石器でも持ってこられたら、結構まずいと思いますよ」
「ガルダ人の人数はそう多くないよ。投石器仕掛けて都市を制圧できる人員がいるとは、とても――いや。都市内に協力者がいるとすれば? うーん、そもそもヴェルス程度手中にしたところですぐに軍に鎮圧されるだろうし……」
「鎮圧されてもいいのかもしれませんよ」
 フィランの言葉に、オーヴィンはふと顔をあげた。柔和で健康的な顔立ちをした若者は、その金色の瞳に影を被せて続けた。
「国を失い、拠るべきものを失って。それ以上失うものがなくなれば、人は何処までも愚かで残酷になれますよ。彼らだって、あるいは――ただ、この都市を滅ぼすことで帝国への恨みを晴らしたいだけかもしれません」
「分かったような言い方するな、お前さん」
 フィランは唇の端に寂しげな笑みを浮かべた。
「大切なものを失って、絶望と憎悪を抱きかかえて、そのまま何もせずに消えていくことほど虚しいことはないですよ。だからもがきたくなるんです。もがいた結果が、ただの悪夢にしか成りえなかったとしてもね」
 ぽつりと呟いて、未だ顔を伏せているティレを気遣うように覗き込む。そうすることで守るべきものを認識し、自らを保つかのように。
「……お前さん、何があったよ?」
 抜けるような青空の下、妙に白々しく日光が注ぐ。オーヴィンの問いに、フィランは僅かに顔を歪めたが、ややあって淡く首を振った。それは、やんわりとした、それでいて明らかな拒絶であった。
「別に。例ならいくらだってあるじゃないですか。ガルダ人が闘技場で同士討ちを強要されたのだって、国の誇りと命を奪われた帝国の怒りの結果でしょう」
 顔を上げた若者の顔は、面を被ったように穏やかで。そう、そこにあるのは明るいながらも、どこか醒めたところのある、普段と変わらぬフィランの笑みだ。
 オーヴィンは悲しげに笑い、溜息まじりに言った。
「今はそういうことにしとくよ。んで、もし鎮圧されて構わないと考えてるなら、どうなる?」
 フィランは目を逸らしたまま続けた。
「人々の記憶に深く刻まれる行為に走る可能性が高くなりますね。例えば、南の砂漠に住まう巨竜を呼び寄せて都市を破壊するとか」
「そりゃ忘れようにも忘れられないな。というより、現時点で死体がフラフラ動き回ってるわけだし、十分人の記憶には残ってる――」
「フィラン」
 オーヴィンの言を途中で遮る声があった。ティレが、細い腕を掲げて上方を指差したのだ。
「あれ」
 彼女が指差した先にあるものは、未来でも過去でもなく、確かな現実。老朽化した建物の上に、赤銅色の髪をした男の後姿があり、フィランは息を呑んだ。
「オーヴィ」
 最後まで呼ぶ前に、オーヴィンは素早く口元に人差し指を当てた。
「俺は後をつける。やっこさんがここにいる目的が分かったらすぐに親父に知らせる。お前さんはティレを守りながら親父のところへ」
 小声で素早く告げると、建物の上の男が動き出したのを見て舌打ちし、そちらへ走り出す。魔法の心得のあるオーヴィンは、ベルナーデ家で予め決められた信号を魔法に込めて放つことができるのだ。派手になるため滅多に行使しないが、一度信号が上がれば相手が都市の外にいても情報を伝達することができる。
「こんなところで見つかるなんて。ティレ、とにかく僕たちはここを離れよう」
 あの長い赤銅色の髪は見間違えようもなく、エルの命を奪ったガルダ人の長バストルのものだ。彼がいるということは、他のガルダ人も近辺に展開している可能性がある。昨日ここにアリラムが現れて何かを指示したこと、そしてバストルが今ここにいる事実――。
『何が起きている』
 早まった鼓動が焦燥を訴えかける。フィランは槍を引き抜いて周りに注意を払いながら、その場を離れようとした。ギルグランスはジャドと共に都市のある場所を訪ねている。合流し、ガルダ人たちに気付かれぬ内に包囲網を手配できれば――。
 淡い希望は、瞬時に打ち砕かれた。
 唐突に無音に近い状態になり、次の瞬間には赤い光の柱が建物の向こうから立ち上ったのだ。あっという間に三回点滅して消えるそれは、ベルナーデ家の者にとって最上級の危険度を表す信号の一つであった。
「オーヴィン!?」
 まさかガルダ人に襲われたのか。血のように赤い光に、剣で貫かれた男が虚ろな目で跪いている姿が想起させられ、フィランは頭から血の気が吹き飛んでいくのを感じた。
 すぐに助けに行かねば。しかし、ティレを危険に晒すわけにはいかない。
 身体を引きちぎられるような選択を迫られて愕然としたそのとき、ティレがフィランの手を引いた。
「ティレ!?」
 光が噴き出た方向へと走ろうとするティレと、フィランは視線を通わせた。
 褐色の瞳が強い光を弾いてこちらを見上げる。少年のように短い髪が、少女の輪郭を凛と際立てている。
「わたし、怖くない。逃げるほうが怖い」
 黄金の錫杖に身を預け、階段の袂で力なく蹲っていた幼い巫女は、もうそこにはいない。駄目だ、と言いかけて、舌が干上がっていることを彼は自覚した。
 ――己の満足感だけを満たしてどうする。
 師の言葉が脳裏に過ぎった。そうだ。悩む余地などない。背の裏に隠すだけでは駄目なのだ。少女がようやく自らの足で歩き始めたのであれば。

 例えそれが、悲劇に通じる道であっても。

「分かった」
 フィランは告げた。全身の血流が緊張によって早まるかのようだった。
「行こう。僕が、必ず君を守るから」
 燦然と告げると、ティレも頷く。二人はオーヴィンが消えた方向へ走り出した。
 光の柱はバストルにも気付かれたことだろう。オーヴィンはそれを承知で信号を打ち上げたのだ。一体何があったのだろうか。
 都市外れの廃墟街は恐ろしいほどに静まり返っており、野良犬ですら横道の暗がりから出てこようとしない。
 突然ティレが立ち止まった。手を繋いでいたため、フィランに引っ張られて何歩かティレはよたついた。
「ご、ごめん。ティレ、何か――」
 瞬間、フィランは弾かれたようにティレの腰を抱くと、後ろに飛びずさった。
 鋭く穂先を向けた道の先。足音と共に黒い影が伸びる。
 燃えるような血の色をした髪。柘榴の首飾り。毛皮の外衣に覗く上腕の刺青。帝国にあってあまりに異質な、野生の獣を思わせるその姿。
 ガルダ人を統べるバストルが、面白げな笑みを浮かべて目の前に立ちはだかった。
「ちっ。うちのご当主じゃないんですから。首領がフラフラしないで欲しいですね」
「我が宴の炎に飛び込む虫がいるとは。なんと哀れな」
 バストルはフィランの軽口に応酬すると、手を掲げた。すると次々と新たな殺気が現れる。視界を巡らす愚は犯せないが、少なくとも上方や後方にもガルダ人の戦士がいるだろう。
 一瞬の油断も許されない。生と死の境を間際に感じながら、フィランが覚悟を決めたそのときだった。
「お前」
 バストルが、僅かに驚愕の色を覗かせた。その瞳に映っているのはフィランではない。
 ティレだ。
 少女は褐色の眼に虹色の光彩を宿し、無表情で『視て』いる。
「その眼」
 バストルは僅かにたじろいだようだった。逃げる契機とフィランが足を踏み出しかけたのと同時に、少女は唇を動かせた。
 一陣の風が吹きぬけ、少女の淡い藤色の髪をざわざわと揺らす。
 少女は語る。逃れられぬ未来の景色を。
 少女は語る。それが、果報であろうと、災禍であろうと関係なく。
 ただ、少女は語る。


「――あなた、もうすぐ死ぬ」




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