-黄金の庭に告ぐ-
<第一部>9話:運命の悪戯への私的見解とその対策

05.一夜が明けて



 翌日のヴェルスは快晴であった。ぴちぴちと小鳥の囀る朝は空気も晴れやかに澄み渡り――。
「オイ、オーヴィン、フィラン!? オレ昨日変なこと言わなかったよな!?」
「うん?」
「はい?」
 出会い頭にジャドに詰め寄られたオーヴィンとフィランは、それぞれ首を傾げた。
「ジャド、お前さん昨日のこと覚えてないのか?」
 あれだけ酒を飲めば無理もないことであるが。
「店出た辺りまでは覚えてるんだが……」
「あ、そうそう、昨日の酒代は僕が立て替えておきましたから。後で返してくださいね」
「う、うるせぇ! とにかく言ってねぇよな!?」
 ジャドは逼迫した様子でフィランの胸倉を捕む。するとフィランは苦笑して返した。
「全くもう。心配しないでください。特に何も言ってませんでしたよ」
「本当か!?」
「ええ」
 肯定してやると、ジャドはようやく手の力を緩め、安堵したように俯いた。
「そうか……良かった」
「はい。ジャド」
 解放されたフィランは、にっこりと笑って言った。


「まあ、恋と正義感の兼ね合いって難しいですよね」


 ……。
 ……。
 ……。


 ――早朝のヴェルスに、男の悲鳴が響き渡るのであった。


 ***


「うぉぉおおっ!」
 喉から迸る気合が、猛々しく空気を震わせる。力強い脚で大地を蹴って魔物の群れに迫る様は、まるでしなやかな山犬のよう。
「――せぇっ!」
 一閃の元に頭を切り落とすと、飛び掛かる別の牙を巧みにかわし、急所に刃を鋭く突きこむ。腐った肉片を飛び散らした魔物が雄たけびをあげるが、構わず横に抜き払うと、素早く後退し、息をつく間もなく襲い掛かる魔物と剣を交える。

 ――そんな様子で、竜の牙から生まれた戦神アルドゥスのように魔物を狩るジャドの後方。
 槍を片手にしたフィランは、哀れみの目でその後姿を見つめていた。
『……言い過ぎたかな』
 農園に腐った魔物が出たという訴えがベルナーデ家に齎され、フィランとジャドは早々に駆り出されたのである。ジャドは話を聞くが早く馬を駆って現場へ向かい、魔物の群れに突っ込んでいったのであった。――まあ、色々と忘れたいが故の暴走であろう。
 それにしても、とフィランは石突を地につけたまま、ぽりぽりと頬をかいた。なんというか、いま参戦すればうっかり首を吹き飛ばされそうである。
「どうしようかな」
 まだ自分の首とはお別れしたくないフィランである。首筋をさすりながら、見事な剣さばきで次々と魔物を屠っていくジャドの後姿を漫然と眺めるしかない。
『……にしても、結構な腕前なんだな』
 
 農園の柵を壊そうと群がっていた魔物たちは今や多くが細切れにされ、悪臭を撒き散らしながら地に横たわっている。ジャドの持つ刀身の短い剣は、帝国軍の一般兵が持つ最もありふれた武器だ。長剣と違って扱いやすく、相手を斬り捨てるというよりは急所を突くほうに向いている。帝国兵に求められるのは殺戮ではなく、敵の前衛を迅速に削り、後衛の戦意を殺がせることにあるのだ。その点、ジャドの技は帝国軍で教えられる型に忠実であった。
 ――何もなければ、今頃は前線で活躍していたろうに。
「おいフィラン!? ボサっと立ってんじゃねぇ、追うぞ!」
「はいはい」
 取り逃がした数匹が森の方へ退散していくのを、ジャドとフィランはそれぞれ馬に乗って追った。通常の魔物は森から出ることはそうないが、腐った魔物は彷徨うかのように地を這いずり、行きずりの人々を襲うからだ。

 腐肉の跡を残しながら、腐った魔物たちは林間に逃げ込む。フィランが巧みに手綱を操って木々の合間から追い立てると、頭の鈍い魔物たちは次々と木の幹に衝突してその身を散らせた。取りこぼしには馬を下りたジャドが剣を振り下ろしていく。
「うん?」
 最後の一匹をジャドが仕留めたとき、フィランは首を回した。人の声が聞こえた気がしたのだ。それも、あまり平和的でない調子の。
 もしや自分が見落とした魔物に誰かが襲われているのだろうか。
「ジャド、何か聞こえませんか」
「あぁ?」
 ジャドは顔を上げて目を眇めた。途端、ピィッ、と口笛が鳴り響く。魔物の咆哮が消えた林の中に、聞こえてくる荒々しい足音。木々の向こうに走る複数の陰――。
 ジャドが舌打ちをしながらそちらに駆け出したので、フィランも騎乗したまま後続した。

「逃がすな!」
 そんな声が聞こえてきて、フィランは眉を潜めた。どうやら魔物絡みではないらしい。誰かが複数人に追われているようだ。追跡者は勝利を確信した様子で、大声で指示を出し合っている。
「そっちに逃げたぞ!」
「二人行けッ! こっちは回り込む!」
「アイサー!」
「……うるせぇよ」
 ぼそ、と前方のジャドが呟いた気がして、フィランはげっと顔を引きつらせた。これはまさかもしかして。
 ジャドはぐっと体勢を低くすると、一気に加速した。解き放たれた矢のように追っ手目掛けて突っ込んでいく。
「いやっ、ちょ、ジャド、待ちなさい!?」
「オレの」
 ひっ、と息を呑んでフィランは確信した。これは、これは。
「オレの前でぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねェ!」

 ただの八つ当たりであった。

『まあ盗賊っぽいし、いいのかな?』
 目の前で繰り広げられる阿鼻叫喚の図を遠目に眺めやりながら、フィランは怯える馬の首筋を撫でてやるのであった。


 ***


「で、なんでアナタの幼馴染がいるんです!?」
「知らねぇよ!?」
 矢を受けた馬の応急処置をしてやるフィランに、ジャドは血走った目で返した。
 馬の傍では、すっかり怯えた様子の男が座り込んでおり、それを支えながらサナーがこちらを睨んでいる。馬に乗って盗賊たちから逃げていたのは、サナーとその夫であったのだ。
「オイテメェ、何があったんだよ!?」
「あんたなんかに関係ないわよ」
 サナーはそれだけ口にして、ぷいと顔を背ける。
「関係ねぇじゃねぇだろ! 助けてやったってのに何様だテメェ」
「知らないわよ。あんたが勝手に助けたんでしょ?」
「ハァ? テメェな……!」
 頭をばりばりかいたジャドは、サナーの夫に視線を向けた。黒い筒を抱えた夫は、ひっと肩を縮こまらせる。その足に怪我があるのを見て、ジャドは眉をあげた。乗馬中、藪に引っ掛けたのだろう。血がサンダルまで伝っている。そこまで慌てていたのか、単に馬の扱いが下手なだけなのか。
 傷を見られていることに気付いたサナーの夫は、慌てて服の裾でそれを隠した。
「す、すみません。大した傷では……」
 こんな貧弱な男がサナーを守っているというのか。募る苛立ちにジャドは目を逸らした。
 すると不機嫌そうにサナーが割り込んでくる。
「ちょっと!? 何よその扱い方。怪我してるのよ!?」
「ハア? その程度の傷で一々ピーピー言うんじゃねぇよ!?」
「はっ、ふざけないで! あんたみたいな鈍感と違ってライズは繊細なの!」
「そんなん知るかよ!? 怪我したのはそっちの責任だろうが!?」
「ちょっと待ってください」
 みるみる険悪になっていく二人の空気を押しのけ、フィランはサナーの夫が抱くように抱えた黒い筒に目を留めた。
「それ、見せてもらえます?」
「何よあんた。ライズに勝手なことしないで貰える?」
 夫の名はライズというらしい。頼りなさそうに視線を泳がせる夫を庇い、サナーは立ち上がってフィランを睨み付けた。抜け目のない眼差しを向けるフィランに、ライズは筒を服の中に隠してしまった。
「行きましょ、ライズ」
「で、でも、サナー。この人たちに悪いよ……」
「いいから」
 サナーはライズの腕を取ると、無事な馬に跨らせ、自分も同じ馬に足をかけた。
「おい、サナー!?」
「手当てしてもらったところ悪いけど、その馬は捨てていくわ。傷を負った馬なんて使い物にならないもの」
「んなこと聞いてんじゃねェよ! テメェ、何処行くつもりだ」
 サナーは僅かに間をおいた。
「ライズは大切な仕事をしてるの。……邪魔しないで」
 乗り込みながら言い捨てたサナーは、ちらりとジャドの顔を見た。僅かにその頬が歪んだようにも見えたが、垂れた長髪に隠れてしまう。
 そのとき、遠くの方から口笛が鳴り響いた。サナーははっとして振り向くと、険しい顔つきで馬の腹を蹴った。
 嘶いて走り出した馬は、二人を乗せて林の向こうへと消えていく。
「ちょっと待て、サナー!」
「ジャド、誰か来ますよ」
 ピィッ、ピィッ、と口笛が追い立てるように木立の合間から聞こえた。それらがみるみる包囲網を狭めていく。先ほどの盗賊たちの仲間のようだ。しかも数が多い。
 フィランが槍を構えるのを見て、ジャドは眉を吊り上げた。
「おい、冗談じゃねぇぞ! 助ける気かよ?」
「自分の身を守るためですよ。この状況じゃ勘違いされてもおかしくないです」
 ジャドは物言いたげにフィランを睨んだが、舌打ちすると自分も剣の柄に手をかけた。
 その瞬間、思いがけぬ声が日中の森に響き渡る。

「さあ、観念をし! この人数からは逃げられないよ」

「……あれ?」
「……あぁ?」
 フィランとジャドは揃って間抜けな声をあげた。続けて、右側から殺気。
「覚悟ォ! ……って、アンタら!?」
 角材片手に突撃した盗賊は、フィランらを見て目を丸くした。
「べ、ベルナーデんとこのアニキじゃないですか! ちょ、おかしらー!?」
 盗賊が呼びかけると、鋭い馬蹄の音と共に美しい女が木々の間から姿を現した。女もまた、二人を見て驚愕の声をあげた。
「なっ!?」
 牝豹のような四肢を持つ女盗賊ルディは、手綱を引きながら緊迫した表情で問う。
「アンタらがなんでここにいるんだい!?」
「ええ、こっちも同じ質問をしたいです……」
 答えるフィランはうんざりした様子だ。
 ルディは、馬から下りると右の拳を軽く左肩につけてベルナーデ家への敬意を示し、すぐに話し出した。
「あの連中はベルナーデ家の知り合いなのかい? なら当主殿に伝えな、今すぐひき肉にしてやった方が家の為だってね!」」
「ハァ!? オイ、どういうこった」
 ジャドが肩をいからせて問うと、ルディは不機嫌そうに顎をしゃくってみせた。
「どうしたもこうしたも。奴ら、モライド商会の帳簿を盗んだんだ」
「帳簿を盗んだ!? 冗談でしょう?」
 フィランがぎょっとして声をあげる。
「帳簿ォ? ただの本だろうが?」
「……ジャド、あなたそれでも軍の出ですか」
「う、うるせぇな!?」
 驚きを共有できないことを残念がるように首を振ってから、フィランは指を立てて説明した。
「いいですか。商人の帳簿には、主要な取引先から品物の流れまで、あらゆる金の動きが記されてるんです。商人の命と言ってもいいでしょうね」
「ハァ? 金の動きが見えてどうなるんだよ」
「……あのですねぇ」
 フィランは立てた指をこめかみに押し付ける。
「ならあなたの好きな武術で考えましょうか。戦う相手の動きの流れが初めから分かっていたら、あなたはどうします?」
「あぁ? そりゃあ相手の手が分かってんなら簡単に――あ」
 ジャドは目を見開き、黙り込んだ。フィランがルディに向き直ると、わらわらと草むらから彼女の手下たちが出てくる。かなりの人数で追いかけていたようだ。ルディは手下たちに素早く指示を与えて先に行かせると、腰に手をやった。
「奴らはアンタたちの仲間かい?」
 フィランはややためらってから、首を横に振った。
「いえ、事情を知らなかったものですから。民間人と思って助けました。申し訳ありません」
「オイ、フィラン――」
「あなたたちは商会の要請で追っていたのですか?」
 ジャドをわざと無視してフィランは問いを重ねる。モラルド商会といえばヴェルスでも力の強い商人が出入りしていた筈だ。サナーが帳簿を盗んだのなら、ベルナーデ家との関係を匂わせるわけにはいかなかった。
 ルディは真剣な眼差しで頷いた。
「そうさ。商会の方は大騒ぎでね」
「今は刈入れの季節ですからね。稼ぎ時にこの事件は手痛いでしょう」
 ジャドはフィランを睨みながら、拳を握り締めている。理性があと一歩のところを押し留めている具合だ。早く会話を切り上げるべきだと、フィランはもう一度謝罪の言葉を述べてその場を去ることにした。
「情報が入ればそちらに伝えるようにします。それでは」
「――あ、待ちな」
 ルディは一度瞬きをして、フィランとジャドを交互に見た。

「今日はあの細っこい男は一緒じゃないのかい?」

 放たれた問いに、男たちは表情を消した。まるで、周りの空気が突然温度を失ったかのようだった。
 フィランは何故それを問われたのか分からずに混乱したが、すぐに状況の理解に至った。ルディはここ暫く表に姿を見せていなかった。故に、夏の終わりにベルナーデを襲った事件の詳細を聞き及んでいないのだろう。彼女が表に姿を見せなかった理由は知っているが、今ここでそれを糾弾しても仕方がない。
 何も知らないルディはただ不思議そうにしている。長く彼と付き合いのあったジャドに事実を言わせるのは酷だと思い、フィランは自ら口を開くことにした。
「亡くなりましたよ」
「――」
 ぽかん、とルディは停止している。その姿が見ていられなくて、フィランは背を向けた。
「すみませんが、用があるので。失礼します」
「知らなかったのかよ、テメェ」
 フィランが顔を向けると、横顔に怒りを宿したジャドが呆然と俯く女盗賊を睨んでいる。
「ジャド」
 肩を掴もうとした手を払いのけ、ジャドは低い声で言った。
「知らなかったのかよ」
「……ベルナーデの配下が一人やられたという話は聞いていたが、こちらも慌しくて詳しく知らなかった」
 消え入りそうな声でルディが弁解する。その様子が気に入らないようで、ジャドは一歩足を踏み出し、フィランが控えた言葉を容赦なく刃にして放った。
「ハア、慌しかっただ? どうせ祝言に浮かれてただけだろうが?」
「ジャド!」
 フィランが眦を吊り上げると、ジャドが煩わしそうに振り向く。二人は暫く睨み合っていたが、ジャドは舌打ちすると、馬に跨り、一人で駆けていった。
 残されたルディは唇を噛んで俯いている。フィランは悲しげにその姿を見た。フィランが予想したとおり、ジャドが指摘したことは、きっと的を得ていたのだろう。ルディはトージと婚姻の契りを結んだが故に、暫く表に出なかったのだ。
 だからフィランも、言葉をかけるのは控えた。下手に生易しい言葉をかければ、かえって心を抉ることになる。
「失礼します」
 それが唯一の気遣いであるように、フィランは馬に跨ると、振り向きもせずにその場を辞したのであった。


 ***


 ――自分が途方もなく愚かなことをしている自覚はあった。
 ひとり当てもなく彷徨って、ジャドは今、夕刻の人ごみに紛れている。
 本来であればあの後すぐに当主の元へ報告に行き、指示を仰がねばならないところだった。けれど、ジャドは戻らなかった。更に言えば、それを問題視することもなかった。自分が消えたところで、きっとフィランが一人で報告を済ませたに違いないからだ。
 自分がいずとも、世界は勝手に回る。
 人々は絶えず広場を行き交っている。牛の引く荷車や、貴人を乗せた輿が何台も目の前を通り過ぎていく。一人で壁にもたれるジャドの姿など、気付くこともなく。
 そう。自分がいずとも、世界は勝手に回っていく。
 そんなことを考え、ジャドは舌打ちをする。軍から放り出されたときも、同じ思いだった。間違ったことをしたわけではないのに、歩んでいた道から放り出されて。世界の影を、当てもなく彷徨うしかなかった。なのに他の者たちは堂々と、力強く生きている。自分は理不尽を噛み締めながら、憧れたものを手に入れることができないまま、呼吸を続けるしかない。
 自分が何をしたというのだろう。
 大したものを憧れたわけではなかったのに。
 何故自分だけが。

 美しくも物憂げな歌声が聞こえてくる。顔をやると、広場の片隅に人だかりが出来ていた。どうやら旅の吟遊詩人が一曲披露しているようだ。
 流れるような指捌きで竪琴を奏で、詩人は有名な悲恋の歌を見事に歌い上げる。足を止めた人々は、詩人の歌声に耳を傾ける。低くはなく、かといって高すぎもしない、中性的で物憂げな音色であった。
 狩猟祭に合わせて流れてきたのだろうか。詩歌が嫌いではないジャドも、その時は心境的にとても楽しむ気分になれず、むしろ憂いた声が耳障りだった。だからといって詩人にやめろと言うわけにもいかないので、ジャドはその場を立ち去ることにした。
 しかし踵を返しかけたそのとき、詩人の顔が視界に入り、ジャドはぴんと目を跳ねさせた。頭巾を被った詩人の横顔が、知り合いにとても良く似ていたのだ。――否、似ているどころではない。古びた煉瓦色の髪、幼さを残す灰がかった瞳。それは、島に住む医女の弟子と瓜二つで――。
「ジャド」
「っ?」
 注意を傾けていたところに声をかけられて、ジャドは慌てて振り向いた。そしてそこに影を長く伸ばして立つ女の姿に、目を丸くする。
「……サナー」
 名を呼ぶと、ばつが悪そうにサナーは手を後ろで組んだ。今は夫と一緒ではないらしい。人の流れるヴェルスの夕暮れに、俯きがちにするサナーの姿は、朝の様子が嘘に思えるほど頼りなかった。
 その姿に、朝の勝手な振る舞いに感じた苛立ちとは別の怒りが込み上げる。サナーは自分とは違う。彼女は伴侶を得て、自信を持って生きている。だというのに悄然とした態度をする様が気に入らなかった。

 せいぜい自分を見下せば良いではないか。
 なのに、どうしてそんな顔をしているのだ。

 ジャドは無言で腕を組み、サナーの口から用件が話されるのを待った。
 するとサナーは、ややためらってから口を開いた。
「場所を変えましょ。なるべく目立たないところ」
「は?」
「いいから。見たでしょ、あたし、追われてるの」
 そう小声で言うなり、ジャドの腕を取って歩き出す。
「お、おい……!」
 華奢な腕の感触にどぎまぎしつつ、ジャドは眉を潜めた。
「何処行くんだよ」
「あんたが決めてよ。この都市に詳しいんでしょ」
 すげなく返されて、ジャドはばりばりと頭をかいた。腹立たしいが、自分もこのまま突っ立っているわけにはいかない。
「ったく」
 舌打ちをしたジャドは、人通りの少ない裏道へと足を向けた。




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