-黄金の庭に告ぐ- <第一部>8話:あなたが拠って立つ支柱 01.ドキッ!? 風呂から始まるファンタジー 「――はあ」 人がつくこのような溜息には、大きく分けて二種類ある。 一つは、酷く憂鬱なことがあって、沈んだ気持ちが膿を吐くように出すもの。 もう一つは、逆に途方もなく幸福なことがあって、その幸せを噛み締めた瞬間に自然と零れるもの。 そしてフィランがこのときついた溜息は、後者であった。 熱い湯に顎まで浸かり、ゆっくりと足を伸ばす。全身の血脈がどっと活動を始め、身体が隅々まで生き返る気分。硬く絞った熱い布でごしごしと顔を拭い、耳まで包み込めば――。 「……はぁ」 恋人を連れて故郷を離れたフィラン二十二歳。無類の風呂好きである彼は、ヴェルスの公衆浴場にてその身に余る悦楽を堪能していた。 「これだから人生はやめられない……」 この世の幸福を独り占めしたような顔で呟く。熱気浴で十分に汗をかいたあとに漬かる湯船はまた格別なのである。身体から力を抜き、湯船の壁に背を預けて目を閉じる。わざわざ早起きをして来た甲斐があったというものである。フィランがヴェルスに着てからは早朝叩き起こされるようになったと渡し守の爺は不満そうだが、そんな程度で若者の熱い胸が醒めることはない。そう、彼にとって風呂はまさに命の源泉。愛している風呂。ティレの次くらいに。 しかし、そう考えると州都ティシュメの秘湯に入り損ねたのは痛恨の極みと言うしかない。入り口までしか到達できなかったかの温泉を思い出すだに、クッと眉根を寄せるフィランである。 『来年の春になったら、休みを貰ってティレと行こう』 そうだ、今はまだ新入りとして発言権の薄いフィランであるが、来年の春頃になればまとまった休みだって貰えるはずだ――。 二人で手を繋いでティシュメの温泉街を歩くのである。ティレには屋台で甘い果実の蜂蜜煮を買ってやろう。道端で吟遊詩人の歌でも聴きながら食べればいい。長い坂を上るとティレは疲れてしまうだろうから、途中で休み休み、高い崖から町並みを眺めるのである。そして頂上まで辿り着き、あの大浴場の威容に見とれるティレの横顔を盗み見て――。 「兄ちゃん、大丈夫かい」 「はっ」 隣の男に心配され、ぼたぼたと鼻血を垂らしていることに気付くフィランである。 「し、失礼」 赤面しつつ慌てて布で鼻を押さえる。いかん、少々妄想が過ぎてしまったようだ。 『しかし』 フィランは壁に飾られた神々の彫刻に視線をやって、ほうと溜息をついた。 故郷を逃げ出したときは、まさか再び湯に浸かれるなど思ってもいなかった。この国を出て、別の大陸へ渡ろうとしていたから。 ――けれど、いつか自分はこの地も後にすることになるだろう。 胸に落ちた静かな予感に、フィランは薄く笑う。それは、どれほどの言葉を重ねても拭えぬ疼きだ。先日の夢見の丘で思い知った。自分は結局、変わることができないのだと。 平穏が尊いのは、それが一時の夢だからだ。与えられた人の優しさに安堵して身も心も委ねてしまうから、大切なものを失うのだ。だから、例えここに小さな安らぎがあったとしても、覚悟はしておくべきなのである。いつか日常の崩壊が来ても、この足で立っていられるために。 フィランは自戒する。目蓋の裏にジャドの声が過ぎって痛んだが、それを意識して押し込めて。他人が何を言おうと、自分の意思は自分のもの。鋼で作られた意思が、太陽の光ごときで歪む筈がないのだ。 守るべきものを守る。彼にとって、それが己の意思。 与えられる優しさは、たった今感じられる湯船の暖かさだけでいい。 そう。たったそれだけで――。 「オイ爺さん、そいつぁちょっといただけねぇぜ」 フィランの思考は、そんな濁声で中断された。 視線をまわすと、遊技場の方で老人が男たちに囲まれている様が飛び込んでくる。公衆浴場には風呂に入った後に運動するための施設が設けられているのである。その為に元から静かな場所ではなかったが、早朝にもなると賑やかさも成りを潜めていたため、特に目を引いたのであった。 「……」 目を眇めながら様子を見ていると、老人が浴場で働く奴隷であることがすぐに分かった。取り囲んでいる客はどれも借金取りのようだ。 「すまなんだ、あと三日待ってくれ。あと三日でいいんだ」 「爺さん、オレぁ耳が悪いんか? 三日前も同じようなことを聞いたぜ」 「ぅ、本当にないんだ、一文たりともないんだ……」 哀れなほど腰を曲げた老人は、必死で男たちを拝んでいる。刺青を入れた男がその顎を掴んで締め上げると、引きつった声で呻いた。周囲の者はその痛々しい状況に気付いているが、声をあげられず黙って目を背けることしか出来ない。 「……」 フィランは目を閉じた。眉根にしわをよせ、口元を引き縛り、こめかみを揉んだ。そして盛大な溜息をつくと、この場を設けてくれた神々の彫像を恨めしげに見やって、ざばりと湯船から立ち上がったのであった。 「ないなら作ればいいだろうがよ? 盗みでも殺しでも何でもすればいい、金なんていくらだって作れるだろうがよ!?」 「ひっ! ひぃ……」 顔をぐしゃぐしゃにして咽ぶ老人を助ける者はいない。三人の男はいかにも柄が悪そうで、恐ろしさに止められないのだ。ヴェルスがいかに過去の暗黒時代から抜け出せたとしても、人の世にこのような存在が消えることはない。 顎を絞められて苦悶の表情を浮かべる老人に、男がぎらつく目で更なる力を加えようとしたときだった。 ぽん、とその肩が軽く叩かれた。 「あん?」 男が振り向くと、そこには杏色の髪をした若者が、場違いなほど穏やかに微笑んでいる。中肉中背で人好きのする、何処にでもいそうな人相である。けれど、その肩の傷跡は未だ生々しく、その対比が奇妙な印象をくれた。 そして彼はにこやかに、淀みなく言ってのけたのである。 「あの、朝っぱらから胸糞悪いもの見せないで頂けます?」 「あぁ?」 「なんだよ、文句あんのかコラ」 凄む男がフィランの傷跡の残る肩を突き飛ばそうとした。その腕が、ひょいと持ち上げられた。 「な?」 何が起きたのか、無頼の男は理解する間すら与えられなかった。若者は太い腕を持ち上げたまま、その足を鞭のようにしならせて屈強な男の顎を蹴り上げたのである。 「このヤロ――ッ!?」 やりやがった。その瞬間、男たちの殺気はフィランへと向けられたのだが、若者の格は彼らより頭二つ分は上であった。 「ひ と が き も ち よ く ふ ろ に は い っ て い た の に」 ぼそり。呪詛のように呟いた次の瞬間、彼は黒い疾風となっていた。 「台無しにした代償は高くつくって言ってんですよ下種が!!」 相手の勢いを利用して、鎖骨の辺りに肘鉄をくらわせる。ドッ、と鈍音と共に二人目が崩れ落ち、振り向き様に踵を振り回して脇腹にめり込ませた。固唾を呑んで見守っていた周囲から、どよめきが起きる。 三名が地にひれ伏すまでにものの五秒。裸体に腰巻だけの若者は、人々の唖然とした眼差しなど目もくれず、ぱんぱんと手を払った。そして最初に蹴った男の傍らに膝をつき、そっと首筋に指を添える。 「全くもう、駄目じゃないですか。顎なんか絞めたら痛いに決まってるでしょう」 「……!?」 激痛に痙攣していた男は、若者の爛々と輝く目を見た。その指に、じわじわと力が込められていく。 「絞めるなら首の血管です。うまくやると気持ちよく死ねるそうですよ、試してみます?」 「ひっ……!」 優しく笑む悪魔を見た様子で、男はがばりと立ち上がる。 「こ……この野郎」 威勢良く肩をいからせるが、一目瞭然の力関係は理解せざるを得なかった。その時、起き上がったもう一人が、あっと叫んだ。 「お、おい。こいつ、ベルナーデ家の奴だぜ」 「なんだと」 男の顔から血の気が失せ、額に冷や汗が浮かぶ。しかも、場の空気は若者の味方であった。それまで目を背けることしか出来なかった周りの利用者たちが、敵意を以って男たちを睨んでいるのだ。武芸に秀でた若者の存在が、市民の良心に力を与えたのである。 「お、覚えてやがれ!」 芸のない捨て台詞を残して逃げ出すと、他の者も次々と後を追った。 彼らの後姿が消えると、フィランはつまらなそうに鼻を鳴らした。 「……台詞に品がないんですよ、クソが」 「あ、あのぅ」 腰を抜かしていた老人に恐る恐る声をかけられると、フィランは軽く首を振った。 「礼には及びません。僕はただ静かに風呂に入りたいだけですから」 「し、しかし、ありがとうございます。助かりまし、うっ」 最後まで言葉が続かず、老人は背を丸めて激しく咳き込む。流石に放っておくわけにもいかず、フィランは背中をさすってやりながら遊技場の縁に連れていった。 「兄ちゃん、アンタすげぇな。爺さんにはこれ飲ませてやれよ」 中年の男が近づいてきて、果実水の椀を差し出してくる。先ほどフィランの鼻血を指摘してくれた男だった。一部始終を見て、屋台で買ってきてくれたのだろう。フィランは礼を言って椀を受け取った。 「ほら、ゆっくり飲んで下さい」 「うぅ……ありがたや、ありがたや」 目に涙を浮かべた老人は鼻をすすりながら椀に口をつける。中年の男は複雑そうな眼差しを向けた。 「爺さん、あいつらルミニ教の連中だろう」 「ルミニ教?」 フィランは目を瞬く。その名は、ヴェルスに来てから何度か耳にしたことがあった。確か、ヴェルスの広場沿いに立派な神殿を持つ宗教団体だったと思う。布教にも積極的で、よく司祭が広場に立って教えを説いていたものだ。信仰に身を捧げ、善を極めることで天界に行けるといったようなありがちな考え方を理念としていたか。 「なんです、あの宗派ってこんなに暴力的なんですか」 少なくともフィランにとっては、地方の活発な信仰という印象しかなかった。すると中年の男は慌てて人差し指を立て、静かにしろという仕草をする。フィランが怪訝そうに口を噤むと、彼は周囲に気を配りながら改めて自己紹介をした。 「俺はモーレン。東通りの裏手で串焼き屋をやってんだ。ルミニ教の噂は客からよく聞くんだが……」 「献金額が日に日に大きくなるばかりなんです」 モーレンが言う前に、老人が弱々しい声で言う。モーレンは深く頷いて、頬を歪めた。 「ここんとこの奴らの手口は酷いらしいぜ。昔は庶民からこんなに巻き上げることなんかしなかった」 「……払えないとあの手の連中に絡まれるわけですか」 元から信仰に厚くないフィランは、胡散臭そうに男たちが去った方向を眺めやる。 「救われると思ったんですじゃ」 老人が苦悩に満ちた言で呻く。 「この世は穢れております……だから滅びの日より前に身を清めて、天の世界へ連れていって貰わねばならんのです」 「その為に金が必要だっていうんですか?」 もしそうなら、その考えの方がよっぽど汚いではないかとフィランは思う。この世が穢れているという話はともかくとして――。 けれど老人は、目に涙を浮かべて呟いた。 「持つことは罪なのだと。あらゆる欲を捨てねばならぬと。シニオン様はそう仰った。しかしもう出せるものは出してしまったんですじゃ」 すすり泣く老人を前に、フィランとモーレンは顔を見合わせる。陽の神はいよいよ天高くから栄えを注ぎ、鳥たちがのびやかに翼を広げる朝の出来事であった。 -黄金の庭に告ぐ- 8話:あなたが拠って立つ支柱 *** 広大な大地に翼を広げて多種の民族を擁する帝国ファルダ。かの国の宗教に対する考え方は、非常に寛大である。各地の民は、どの神を信じるも自由であり、法に従う限りは布教活動も妨げられない。 その法は大きく分けて二つ。 一つ。治安を犯さぬこと。これは常識的に言って至極当然だ。私の神が望んでおられるとか言って騒ぎでも起こせば最後、多神教のこの国では袋叩きにされるのがオチである。 そしてもう一つ。それは、あらゆる神を信じていようとも、天神トロイゼを「最高神」として認めることである。 好きな神を信じて良い。剣の神でも山の神でも尻の神でも。しかし、帝国の頂点に君臨する神がトロイゼであることを否定してはならぬのである。 こう言うと、とても信仰に寛大とは聞こえないかもしれない。しかし実際のところ、認めろといってもトロイゼの祭事への参加を強制されることはないし、神殿に唾でも吐かない限り捕まることはない。ようは帝国全土の守り神として最低限の敬意を持っておけばいいのである。 そんな帝国では、地方に行くほど特有の信仰を持つ者が多い。辺境の山岳地方で育ったジャドは太陽神を象った守り飾りを首から提げているし、故郷の名を語らぬマリルも島の岬に自分で築いた小さな塚に毎日花を捧げている。豊穣の都ヴェルスにあっても、多くが守護神ヴェーラメーラを信仰するものの、片隅で様々な宗教が入り乱れている。 「ルミニ教とな。あの馬鹿でかい神殿があるところか」 早朝、愛用の椅子に腰掛けたギルグランスは目を眇めた。その髭をセーヴェが剃刀を使ってせっせと整えている。 「ああ。俺もあまり気にしてなかったんだが。信者が最近になって突然増えたらしい」 夜を徹しての調査の帰りに報告に来たオーヴィンは、そこまで言うと、一度欠伸をかみ殺した。 「そうだな。確かに近頃は布教に熱心だと聞いている。奴隷や女を中心に人気があるらしいな」 「よく知ってるなあ」 「馬鹿者、忘れたか。私は神祇官長だぞ」 「……ヴェルス七不思議のひとつだと思ってるよ」 この神をも恐れぬ当主はその実、都市の宗教関連の運用を取りまとめる神祇官長の座についているのである。その座は都市議員から期間ごとに選ばれる役職で、実際の業務の宗教色は強くないのだが、それにしてもという感じである。思うところを正直に告げると、ギルグランスは憮然と口を曲げた。さりげなくセーヴェが顎を押さえて位置を固定する。 「じゃあこっちは知ってるか。『罪の癒し手』の話」 「罪の癒し手?」 オーヴィンが初め聞いたときも胡散臭いと思ったものだが、当主も同じ印象を受けたようだ。 「奇跡の子とも呼ばれてるらしい。そいつに触れられた奴は病気とか怪我が治るとか。いや、そんな顔しないでくれよ、俺だっておかしいと思ってる」 「ああ、貴様に常識というものが幾ばくかでも残っていたことに安心している」 ギルグランスは半眼で告げると、オーヴィンに先を促した。 「それで、何が気になるのだ?」 「教団の裏にエウアネーモスがいるみたいなんだよ」 我ながら簡潔な答えである。どうも昔から深刻な話をするのが苦手なのだ。だが、暫しの沈黙の後、返ってきたギルグランスの声音はやや低くなっていた。 「証拠は?」 「教会を運営してる商会が聞いたことないところだったから調べたら架空の商会だったよ。エウアネーモスの腹心の名義になってた」 オーヴィンが差し出した巻物を控えていた奴隷が開き、ギルグランスに見えるように捧げ持つ。 「直接ガルダ人に繋がるかは分からないが、その癒し手ってやつのお陰で人と金が集まってるのは確かだよ。少し気になる」 ルミニ教の運用体制が事細かに記載された巻物に目を通しながら、ギルグランスはオーヴィンが頭の隅で考えていたことをぽつりと呟いた。 「――あの神殿ならガルダ人も匿えそうだな」 「俺はあんまり想像したくない。都市のど真ん中だよ、あそこは」 ルミニ教の神殿は並み居る神々の神殿と並び、会堂に大きく口を開けている。元は別の神を祭っていたのだが、過去の暗黒時代に廃れたところをルミニ教に建物ごと買い取られたのだ。眼前に人や馬車が行き交う建物の中で死した魔物を蘇らせているなど、考えるだけで嫌だとオーヴィンは思う。 「それにエウアネーモスがガルダの味方をする理由がないよ。ヴェルスが滅んじまったら、商売だって出来ない」 「確かにな」 むう、と二人揃って考え込む。そうしている内に髭の手入れが終わり、セーヴェが前掛けを外す。そして老練の当主はひとつ頷くと、さっぱりした顎を撫でながら、子供に買い物を頼むように告げた。 「オーヴィン。貴様、ちょっとルミニの神殿に潜入してこい」 「結局それだよ」 オーヴィンは徹夜明けであることも相まって、数歩ふらついた。しかしギルグランスは何処吹く風といった様子でにこやかに言い放った。 「何、お前の腕への信頼の証だと思え。頼りにしてるぞ、オーヴィン」 「その証はとっても嬉しくない……」 まあ、当主の信頼は本物なのであるが。 「そうだ、オーヴィン。先に伝えておこう。昨日オルティア家のテリウスから書簡が届いた」 オーヴィンはふと顔をあげ、表情を真剣なものにした。 「……早かったな。で、なんて返してきた?」 「うむ」 人生の間に三度の結婚をしたギルグランスには、最後の妻との間に一人娘がいる。しかし兄の謀反によって帝国軍を追われた彼が妙な気を起こさぬよう、娘は本国の貴族家に捕らわれているのである。 そこで当時の皇帝が亡くなった混乱に乗じ、ギルグランスはその身柄を奪取しようと目論んでいるのであった。ティシュメでテリウスに近づいたのは、彼が娘を留め置く貴族家と縁があるためでもある。そしてヴェルスに戻ったギルグランスはすぐに書簡を送って彼に助力を仰いだのであった。今回の書簡はその申し出に対する返事だったであろう。 ギルグランスはぱちりと片目を閉じて笑った。 「良い返答であった。本国の者に掛け合ってくれるそうだ」 その声音が心から嬉しそうで、オーヴィンも頷くと目を細めて笑った。五年もの年月を引き離された娘を取り返す光明が見えたのである。ギルグランスの胸中も踊るというものだろう。 それにしても堅物のテリウスが借りがあるとはいえこのような根回しに協力してくれたのは意外であった。もしかすると、自身も子を持つ親として、ギルグランスの境遇を哀れに思ったのかもしれない。息子の為に自ら造営官に手をあげた男の姿が、目蓋の裏に思い浮かぶ。 「分かったよ。それじゃあ一旦帰る、流石に眠い」 「うむ。こちらも可能な限り当たってみよう」 「んん、特に例の罪の癒し手ってやつについて、分かることがあると助かる」 ギルグランスは満足げに頷いた。こちらと同じことを考えていたらしい。仮にオーヴィンの勝手な調査が発覚したとして、信仰を統治する神祇官長として罪の癒し手とやらの調査をしていたと言えば申し訳も立つのだ。うまく化けの皮を剥げば、神祇官長の権限を使って公式の調査に踏み切れるかもしれない。 「妖精ではあるまいし、虚言に決まっているだろうがな。そのような奴が本当にいるなら、是非配下に欲しいものだ」 「全くだなあ、触ると治るって便利だ」 そう言ってから、ふとオーヴィンは先日の豊穣の神殿での出来事を思い出した。 「親父。そういや例の妖精の処遇って結局どうしたんだ?」 「む? ……うむ」 ぴくり、と一瞬その身体が硬直する。触れたくない話題だったらしい。ちょっぴり嫌な予感を胸に走らせるオーヴィンである。 そして老練の当主は、真に遺憾そうに告げたのであった。 「面倒だったので島に放り込んだ」 「……」 「……」 ピーヒョロヒョロ、と外からはうららかな鳥たちの鳴き声。 「なあ、親父」 「なんだ、オーヴィン」 オーヴィンはこれ以上なく疲れた顔で、静かに問うた。 「親父はあの島を、ゴミ箱と勘違いしてないか?」 「便利な箱だと認識している」 それは何も変わらない、とツッコむ気も失せて、オーヴィンは顔を手で覆ったのであった。 Back |