-Bitter Orange,in the Blaze-
上・灰色の時代 二.荒野の果てに

022.夕食の一時



 夜が近付き、シャンデリアが柔らかな光を机に零す。
 そんな机で…、スイ以外の面々が、無言で座っていた。
 その重たい空気の様子はさながら軍人たちの会議かなにかだろうか。
「…この世の終わりだわ…」
 頭をかかえながら、ピュラは呟く。
「なんであんたは止められなかったのよ…」
「だってなんか嬉々としてたしさ…」
「あのぉ…」
 クリアナが遠慮がちに発言した。
「…えっと、スイさんってお料理上手なんですか…?」
「それが分かればこんなに落ち込まないわ…」
「そ、そうですか…」
 ピュラはまた大粒の溜め息を漏らしてかぶりを振る。
「あああ、あの人のことだから、きっとアウトドアな料理が出てくるのよ…魔物の生け作りなんて出しちゃって……きっとダシにトカゲなんか使っちゃうのよ…」
 ここまで被害妄想が出来るのもある意味すごいといえるが、確かにそれを連想させるスイもまた然り。
 さすがにまともな料理がでてくるとは思うが、何がでてくるかはさっぱりわからない。
 掃除も一通り終わった後、クリアナが料理をすると口走った瞬間、スイが率先して仕度を請け負い、勝手に調理室に入ったまま、……一同は有無を言わさずに食事室で待つことになったのだ。
 こうして待っている時間は、彼らにとって拷問に近かった。
「でもいいにおいするよー?」
「においに騙されたら終わりなのよ…! きっと魔物を炭火焼にすると香ばしい香りがするとかヤツは知ってるのよ…ああっ、いやー…私はまだやりたいことが一杯あるのに…」
 机に突っ伏したまま、ピュラの心の中は既に世の終わりだった。
 クリアナも心配しているのか、そわそわとして落ち着かない。
「そ、そんな料理が出てくるんですか…?」
「まぁ平気だとは…思うんだけどね…」
 クリュウとしてもスイが料理をするのを見るのは初めてだった。
 スイと、料理。
 正反対の位置に置かれるこの二つの単語をかけあわせると、どうなるのか。
 ピュラの言う通り、もしもスイが魔物の生け作り片手に部屋に現れたら―――、……5秒想像してからクリュウは頭痛を催して肩を落とす。
「なにかお手伝いすることありませんかね……」
「そうだ! お手伝いに行こうよ、やっぱり一人で作ってるのだと大変だから…」
「魔物の生け作りなんて剣でスパスパっと盛り付けるくらいだから平気よ…」
「生け作りの想像はやめておこうよ…」
「ね、ピュラー、行こうよ!」
「…怖いもの見たさ、…ね」
「確かに…」
「仕方ないわね、ちょっと厨房を見に行って見ますか…」
 一行は、重たい足取りで調理場に足を運んだ。


 ***


 かちゃん。

 扉が開くと共に、ふわりといいにおいが鼻をくすぐる。
 火を使っている為に空気も暖かい。
 もくもくと鍋からは優しい湯気がたっていた。
「―――――」
 ピュラたちは、色を失っていた。
 ついでに、一歩も動けなかった。
 更についでに、一言も喋れなかった。
 しっかりと下ごしらえのしてある肉が、フライパンの横で焼かれるのを今か今かと待っている。
 シチューらしき鍋が、ことことと音をたてていて。
 暖めなおされたパンもまた、バスケットに綺麗に並べられている。
 既にサラダは完成されて、手製のドレッシングと共に盆に並べてあった。
 …そして。

 ―――当のスイはというと…、普段つけている手袋とマントを取り、長袖を肘までたくしあげ、薄い桃色のエプロンをしっかりと装着、していた。

 ある意味、魔物の生け作りが置いてあるよりも眩暈を感じさせる光景であった。
「なにやってるんだ?」
 灰になりかけている一同にスイは首を傾げる。
 身を翻すと、エプロンの後ろについているリボンが可愛らしく揺れる姿は、おそらく殺人にも使えるだろう。
「す、スイ……?」
「エプロンは棚に入ってたから借りたぞ」
 ピュラは、体が機械になったかのような動きでがくがくと手を伸ばす。
「あ、あの……、これ…一人でおつくりになったの?」
 …既に敬語になってしまっていた。
「そうだ」
 スイはにべもなく言い放って、フライパンに肉を落とした。
 じうう、といい音と匂いを放って肉の色が変わっていく。
「焼き加減はどのくらいがいいか?」
 …誰一人として、答えられなかった。
「す、すごいです〜…」
 クリアナも頬に手をあてて料理の数々を見回す。
「料理なんて出来たのね……」
「おいしそー…」
 セルピの目はきらきらと輝いていた。
 ――気味が悪いくらいに、完璧な料理だった。
「前から料理好きだったの…?」
 ピュラが恐る恐る聞くと、スイはこんがり焼けた肉をひっくり返して振り向く。
「昔はよくやった」
 手際よく香料をまぶし、上からソースを流し込む。
「それにしても、これ随分おいしそうに見えるけど……、味はどうなの?」
「飲んでみるか? そろそろシチューが煮える頃なんだが」
 スイはシチューの蓋を開け、軽くかき回して小皿に取る。
 つい、と差し出された小皿をピュラは受け取って、まじまじと見つめた。
「…見た目はおいしそうだけど」
 問題のシチューは、ほこほこと湯気をたてていかにも体が温まりそうな色をしている。
 匂いも、文句なしにいい。
 ピュラは恐る恐る小皿に口をつけて…谷から飛び降りる気分で、くい、と少しシチューを口に含んだ。
 誰もが、固唾を呑んでその姿を見守る……。
 ――かくして、味の方は……

「……………おいしい…」

 全員の目が、丸くなった。
「わー、ボクも飲むー!」
「セルピ、後で食べるんだから今くらい我慢しようよ…」
「にゃ〜、おいしそうだよー!」
「すごいですね、スイさん」
 ピュラも頷いてもう一度小皿に口をつける。
「本当においしいとは思わなかったわ……味付けとか何使ってるのよ」
「実はカエルのだし汁が」
 ブーーーーーッッッッ!!!
「……というのは冗談だ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………こっ」
 火山が、噴火した。
「このクソバカーーーーーーっっっ!! 一発殴られなさい!!」
「わーーっ! 暴れないでピュラ! お皿が割れるよ落ち着いて!!」
「はわわ、困りました〜…」
「にゃ〜〜、ボクも早くシチュー食べたい〜」
 ぼかっ!
「なんでボクが殴られるの〜〜?」
「八つ当たりに決まってるでしょ!!」
「いたいよ〜〜」
「いたくしたんだから痛いのは当たり前!!」
「にゃ〜〜」
「ピュラ! 泣かせたらいけないよー!」
「うっさいわね、そもそもあの料理バカがいけないのよっ! とっとと料理食べさせなさい!」
「もう仕上げだからすぐに出来るぞ」
「だったらもう出来た料理は持っていくわよ!! 早く仕上げなさいよね!」
「ああ」
「全く!」
 ピュラはぷりぷりと怒りながら出来上がった皿を持っていく。
「あ、待って〜〜」
「セルピ、落とすんじゃないわよ」
「大丈夫だよ〜!」
 セルピやクリアナも、その後ろに続いた。


 ***


 料理はテーブル一杯に置かれ、湯気を立てている。
 真ん中のロウソクの灯火がゆらゆらと揺れ、暖かさを滲み出していた。
「おいしいです! すごいですね、味付けどうなされたんですか?」
「そこらへんにあったものを適当に」
「スイお得意の野性的カンね」
「や、野性的ですか…?」
「わーっ、シチューおいしーっ!」
「セルピ、口の周り拭きなさい」
「にゅぅ…」
 クリアナはくすりと笑って僅かに目を閉じる。
「嬉しいです。一人での食事が長かったですから…。こんなに楽しいのは久しぶりです」
「ほんとー?」
「はいっ」
 クリアナの微笑みにセルピも極上の笑みと浮かべる。
「うん! 皆一緒が楽しいよね!」
 誰もが思わず微笑みを隠さずにはいられなくなるような笑みだ。見ているだけで幸せになるような―――。
「クリアナはここに来る前はどんな場所に住んでたの?」
「えっと…、西の方の大陸です。空気が綺麗で、緑とお花がたくさんあって…、」
「いいところね」
「はい。お父様もお母様も多分そちらで元気にしてると思うのですが…、手紙も書けないですからね…」
 父と母、とクリアナが言った瞬間、ふっとセルピの顔に影がさすが、セルピは悟られないように飲み物に口をつける。
「そういえば、妖精さんなんて初めて見ました…。珍しいですね」
「ええ、売ったら結構な額になると思うのよね。これで金銭問題も安泰だわ」
「そんなあ…」
「クリュウさんはなんでピュラさんたちと旅をなさってるんですか?」
 クリュウは口に手をあてて暫く考えてから頷いて話し出した。
「えっと…二年前になるかな? 僕が間違って火の属性の魔物の巣に迷い込んじゃってさ。僕は火に弱いから…、やられそうになったときに通りがかったスイに助けてもらったんだ」
「…あんたって何気におっちょこちょいね」
「悪かったね…」
「にゃ〜、でもなんでスイはそんな魔物の巣を通りがかったの?」
「俺も迷い込んだからだ」

 …空気が、一瞬だけ止まった。

「…た、大変でしたね…」
 少々顔をひきつらせながらクリアナが呟く。
「まあそれなりに」
 対して平然と言ってのけるスイ。
 その間でピュラはまた頭をかかえていた。
「なんでこんな人と旅してるのかしら……」
「おいしーね、ピュラ」
「はあ……」
 ピュラは、本日何度めになるかわからない盛大な溜め息を漏らした。


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