退屈な日常である。
 満ち足りたような、何かが足りていないような。良く分からない思いを抱きながら、自分は呼吸をしている。
 頬杖をついて、窓の外をぼんやりと眺める。教師の声は意識の外。瞬は時を諾々と過ごしている。その無意味を知っていながら、どうすればいいか分からずに。
 友はいる。
 親も、兄弟もいる。
 生きていくことは出来る。当たり前のように学校に行く。当たり前のように食事がでる。何のためかも、よく分からないけれど。
 何故自分は生きているのだったか。友人に言えば笑われるので、口には出さない。しかし瞬はいつもこの命題を考えている。
 哲学は、権力者が暇を持て余したために生まれたのだという。
 日々の食事を得るので手一杯であれば、成程そんなことを考える余裕すらないだろう。
 つまり瞬は恵まれているのだ。
 なのに、何故か満ち足りた気がしない。

 ふと、彷徨う視界が空を見た。コンクリートに切り取られた、ぽっかりとした水色の空。そこに舞う翼。ざわりと背筋が浮きだって、瞬は眼を見開く。
 楽しそうに、幸せそうに。
 翼を持った少女が、ミルク色の髪を躍らせて、こちらを見て――嬉しそうに笑う。
「――」
 悲鳴をあげるには息を吸うことが必要で、それすら出来ずに一度目を瞬くと、後には抜けるような空が残っていた。当たり前だが、誰もいない。
「おい、原倉」
 呆然としていると、教師に呼ばれた。びくりと顔を向けた瞬は、教師の怪訝そうな顔と視線を通い合わせた。
「なんだ、化け物でも見た顔して。外に水着の姉ちゃんでもいたか?」
 くすくすと女子たちが笑っている。瞬は赤面しながら下を向いた。元々、注目されるのは好きでない。
 当たり前にある人生。
 どこか満ち足りない世界。
 言論も思想も自由なはずなのに、何処にも行くことができない。
 なのにどうしてあの子はあんなにも幸せそうにこちらを見たのだろう。

 胸の辺りがざわめいたが、理由を掴むことが出来ず、瞬はもう一度だけ幻が見えた空を見上げた。
 抜けるように高い空。明るく、青く、大人たちはそれを広いと言う。
 そうなのだと思う。世界が広いことは知っている。この宇宙の中で、どれだけ自分がちっぽけであるかも知っている。
 ただ、そのときは。

 空が綺麗だと。

 少女の消えた方向を、瞬はぼんやりと見つめ続けていた。
 世界は連綿と続いていく。
 瞬の人生も、ゆっくりと、続いていく。




 つばさをください <了>


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