『ロミオ、恋の翼で塀を越え』


 僕はロミオ、モンタギューの息子。皆様ご存知、悲劇の代名詞、運命の慰み者、不幸な星の恋人たち。
 さあさあ美しき愛をご高覧あれ。お手元に厚手のハンカチをお忘れなく。愚者の饗宴こそ涙を誘う。この諸手に夜風を宿し、今宵もジュリエットの窓辺に参じましょう。
 僕らは一人の男の筆よりいずるもの。甘い囁き、恋の溜息、そして闇夜の逢瀬。うるさい道化たちのど真ん中。ロミオとジュリエット、二人は手をとり悲劇を織り成す。月を幾度も見ぬ内に、出会い、惹かれ、閃光のように瞬いては散っていく。あなたに出会うまでは、何度でも。
 それでも僕はロミオ。蕾のように瑞々しく若い恋で紡がれた、鋭い剣そのものでもある。無鉄砲な勘違い屋、ああ、ああ、けっこうけっこう。それだけ僕があなたの胸に刻まれているなら、語るまでもないでしょう。
 なのにこの喉は変わらぬ恋を躍らせ、ジュリエットを求める思いを翼とする。恋とは息の根を止める凶器、それでも命の糧に変わりはなく。故に体は燃え上がり、物語は加速する。例え死すとも、黒の乗り手に追われるよりはマシなはず。恐怖とは絶望よりも恐ろしい。
 僕は幾度となく語られる。良い口悪い口、どの唇から紡がれようと結末は同じ。麗しきジュリエットの亡骸を前に崩れ落ち、毒薬に口付ける。そう、僕が行ったとき、すでにジュリエットは死んでいたのです。いくら行ってみても、ジュリエットは死んでいる。その後にどうなったかなど、あの清浄な月にかけて僕は知らない。ジュリエットは、死んでいたのです。
 しかし天は甘ったるく囁いた。起きなさいロミオ。僕はもう死んでいるのに? 立ちなさいロミオ。僕はもう絶望したのに? あなたを求める人は幾数多、さあ、歌え、さあ、踊れ。
 ならば僕は踊りましょう。金の目銀の目きらきら光る。まるで舞台のひかりのように。小鳥は眠れる夢の中、巡る風すら邪魔はできぬ、軽やか駆けて風の中。夜空を渡れよ歌声よ。生への渇望、月をも砕け。
 さあさあ、こうなったら止まらない。恋に敗れて打ちしずみ、星屑の中からジュリエットを探す。そこに死があろうとも。美しき暴虐の王となり、けれど手紙を待ちきれずに死を選ぶ。ああ奥方、あなたは何をお望みで? 時には死に打ち勝ちジュリエットと結ばれましょう。ただし、それでも僕はロミオ。毒杯に口付けてこそのロミオなのだと、その旨お忘れのなきように。明るくなればなるほど、心の内は暗くなる。神の手は、加わりすぎれば滑稽だ。
 ああ、愛しいジュリエット。この恋は幾百の時を越え。例え円環から抜け出せずとも、いずれ錆び行くことに変わりはない。ならばお前は変わってゆけばいい、そうでなければ人の心は掴めない。なれど僕の心は変わらない。見る人が変わるだけ。
 何故なら人は死んでゆくのだから。
 僕もジュリエットも、時を止められたわけではないのです。ただ、死んではまた生き返るだけ。人に涙されるため、人に嫌悪されるため、そして人に笑われるため。
 それでも僕はロミオ。どこにでもいるけれど、どこにもいない。無鉄砲な若者など、そのようなものでしょう。あなたが願えば、いつでもジュリエットを探しに塀を越えましょう。結末? それはあなたがご存知のはずだ、少なくともきっと、僕よりは。
 いいえ、いいえ。あなたたちを責めているなんて、とんでもない。ロミオは愚かだからこそロミオなのです。賢いロミオなど、不評を買うだけというもの。
 今宵のジュリエットはどのような顔で迎えてくれるでしょう? そろそろ苛ついているかもしれませんね。せっかちで可愛いジュリエット。幼い頬に血を上らせて、さては僕を疎んじているのか。
 それでも僕はロミオ。道化の悲哀を語る道化など、この物語よりも滑稽だ。だから、いくらでも愛を紡ぎだそう。ロミオがロミオであるために。
 あなたは何をもって僕を語る?
 あなたは何を知って僕を語る?
 あなたの望みのままに僕は踊る。何度でも。
 僕は全てを受け入れる。詰られて貶されて、馬鹿にされて謗られて。
 笑いの結末、涙の結末。けれど僕は何処でもロミオ。
 恋に狂う美しき男、今宵も彼女を迎えに塀を越える。

 ロミオは不滅、永遠に。