-紫翼-
起章:はじまりの春
04.何かの間違いでは
人生は波乱万丈というけれど、今現在の俺には波乱しか訪れてない気がする。ならばこの後に万丈が訪れるかっていうとそれも疑わしいものだ。
なんで俺はこんな目に合っているのだろうか。記憶を失う前に、とんでもないことでもしでかしたのだろうか。その報いか。罰か。俺の人生お先真っ暗か。ああ、そんなの嫌だ――。
そんなわけで俺は、試験会場の椅子に座ってたそがれていた。
前にも横にも、編入試験を受けに来た同い年の男女が必死に参考書とにらめっこをしている。ちなみに俺は、そんな本など一冊たりとも持ってない。読んだものといえば、昨日フェレイ先生の家に泊めてもらったときにちらりと見た歴史書くらいだ。
そう。俺は結局この編入試験を受けることになってしまったのだった。編入推薦、というくらいだから試験などはないのかと思いきや、やはり卒業生の推薦ごときで(しかも俺の推薦者は正体不明)入学を許すほどグラーシア学園は甘い場所ではないらしい。ただ推薦状があると、筆記試験は必須としても面接と実技試験が免除になるらしかった。
しかし試験は翌日だというのに、こんなギリギリの推薦状及び編入試験出願なんて認められるんだろうか、と昨日フェレイ先生に訊いてみたら。
――いえ、実は出願は二週間前に締め切られています。ああ、でも大丈夫です、ちょっと書類いじって担当の先生にお願いしちゃえば、受けられますよ。
それって不正行為っていいませんか、フェレイ先生。
思わず口走りそうになったが、うちは来るものは拒みませんよ、とにっこり笑ってくれたので何も言えなくなってしまった。笑顔で不正行為する学園長なんて、ある意味ものすごい。
その後、ひとまず役所に俺の捜索願がでていないか調べにいったが、予想通り何一つとして手がかりはなかった。
そうしてフェレイ先生と話し合った結果、こうなったら謎の差出人の言うとおりにグラーシア学園に編入しよう、ということになったのだった。そうすれば何処かで再び差出人から連絡が来るかもしれないし、なんせ俺が目覚めたのはこの近くなのだ。グラーシア学園は全寮制だから、この辺りに住みつくことができれば、情報も入ってくるかもしれない。
更に、聞けばグラーシア学園の生徒に対する待遇はかなり良いらしい。学費の大半は国内外の税金でまかなわれるらしく、頑張れば生徒自身が学業片手に働いて支払える額で、成績がよければ奨学金もついてくる。卒業後もグラーシアの名は強く、最先端の研究所で働く卒業生も多いらしい。
確かにそんな学園に推薦してくれるなんて、ひとまず喜んでいいことなのだろう。フェレイ先生も、持てる力で俺の出所を探してくれると言ってくれた。
ひとまずそんなわけで、俺はある一つのことを完全に失念したまま今日を迎え、この席に座っていたのであった。その失念していたことを、痛いほどに噛み締めながら。
……俺、はたして筆記試験に受かるんだろうか?
***
「只今からグラーシア学園高等院編入試験をはじめます。机に貼ってある受験番号が間違っている人は――」
試験開始が近付くと、部屋には教師らしき人が数名、問題用紙を片手に入ってきた。
教室内に空席が目立つことから、どうやら編入試験を受験する子供は多くないようだ。果たしてその中でどれくらいが受かるのか、そういえば全く聞いていなかった。
『まあいい、受かればいいんだ、受かれば』
もちろん、どんな問題がでるんだかさっぱり分からないのだけれど。
ぼうっとしている間に試験問題が配られた。随分な量がある。そういえば、出かける前にフェレイ先生が言ってたっけか。
――試験は全ての科目の問題が最初に配られて、その内五科目を選択して解くことになっています。でも時間内に全部解くのは難しいですから、できるところからやるといいかもしれませんね。
つまり試験時間が長めに設定されていて、それで全科目を一発勝負で試されるというものだ。これは回答速度や時間配分、また問題を分析して簡単そうな五教科を選ぶという能力なども問われているのかもしれない。
『……俺にそんな能力、あるか?』
一瞬だけ考えて、忘れることした。
今はとりあえずやるしかない。誰だかは分からないが、俺をこの学園に入れようとした人間がいるのだ。それが厚意であれ悪意であれ、俺に残された道の一つなのだから。
それにしても、こんな学園に推薦されてしまっている俺である。記憶を失う前はそれなりに知能があったということなのだろうか。
そう思って鉛筆を握りなおした次の瞬間――不意に、ちりっと頭の片隅が焼けた感じがした。
『……え?』
失った記憶を、なんとなしに手繰ったのとそれは同時。
ふわっと、しかしとても気持ちいいとはいいがたい浮遊感。それと共に、静かに目の前の景色が揺らぎ始めていった。
その境界をこえるのは、たった一瞬のこと。視界にひびが入ったと思った直後、急に辺りの光景が黒にとろける。じわじわと締め付けるような息苦しさが浮かんできたと思えば、焼け付くように視界が激しく点滅する。
「――ぁ、」
ぞくりと背筋がひきつり、体が動かなくなった。指の先すら感覚がない。まるで糸で固定されてしまったかのように。
みるみる血の気が引くのを感じた。これは、紛れもない。あの時、目覚めたときと同じ、その場に蹲りたくなるくらいの動悸の前兆――!
『まずい!?』
立ち上がろうとして、それが無駄だということを知った。声がでない、体が動かない。何も出来ない――何も出来ない。
あれから体に異常がなかったから、注意を怠ったのがまずかった。
そんな後悔すら揺らいで、頭の中が真っ白になる。
「では試験開始です。問題を始めて下さい」
いつ開始の鐘が鳴ったのかわからない。試験監督の声がとても遠い。
「……っ」
声にならない声が口の端から漏れた。額に脂汗が滲む。ずきん、ずきん、と心臓の音にあわせて激しい不快感が全身を襲う。
思考が苦痛に支配される。切り離された現実の中、指先だけがやけに冷たい。
震える指で、どうにか問題冊子のページを開く。
きっと目はその文字を追っているはずなのに、何も考えることができない。
頭が破裂しそうだ。けれど、だけれど、今は手を動かすことを続けなければならない。でなければ、行くべき道が途絶えてしまう。
行くべき道。示された道。その先を、どれほどの予感が支配していようとも進まなければいけない。
まるで空の彼方から地上に突き落される途中の感覚を永久に味わい続けているようだ。
終わりを知っている。その終点を、知っている。だけれど考えたくない。
だから、目をそらした。何も考えないことにした。
ひたすら手だけが勝手に、文字を紙に叩き込んでいく。
ああ、そういえば俺、文字を書くことが出来たんだな。
そんな馬鹿みたいな感慨がちらりと過ぎって、少し笑えた。
文字。それは定められた記号。文章。それは情報の連なり。
情報。俺の頭の中にあるもの。
――その量は?
――俺の頭の中に、どれだけの情報が、あると、
痛い。
制御が、きかなくなる。
「……ぁっ」
どこかで、鐘の音。
網膜の裏で闇がうごめく。
これが、現実なのか、それとも夢の中なのか。
あるいは全て、夢だったのか。
「――み、――ぶか? 顔色が、――い」
誰かの声。顔があげられない。
視界などとうに死んでいる。
「――?」
保てなくなる、自我が、心が。
ぐらり、と軋んで、傾いて。
何もかもが曖昧なまま。
本当に自分がここにいるのかも分からないまま。
何かの音を、耳がとらえた気がした。
続いて、冷たいものを感じた気がした。
意識は宙ぶらりんのまましばらくその辺をさまよって。
そうしてやがて溶けて、消えていく。
最後に耳朶を何かが叩いた気が、した……。
「誰か――誰か、手伝って下さい! 受験生が一人、倒れましたっ!」
***
そうだな。ほら、あれだ。例えば麻の袋があるとする。
その袋には……そうだな、リンゴがぴったり五つ入るとする。別にイチゴだろうが辞書だろうが、なんでもいいんだけれど。
普通に考えて、袋を持ってリンゴを入れれば、全部まとまって綺麗に入るんだろう。だけれど、床に無造作に置かれていた麻の袋を荒っぽくひったくって、間髪いれずにリンゴを5つ叩き込んだら、きっと袋が破裂するか、リンゴが零れるかのどちらかじゃないだろうか。
恐らく今の俺がそうだった。
無造作に、誰にも触れられずに漂っていたのに、突然目覚めて、目まぐるしく変わる現実を走り抜けて。
お陰で正直なところ頭が破裂しそうだったから、この休息は随分と心地良いものになった。
何も考えたくない。
何もしたくない。
そんな甘ったるい幻想にかられて、意識を深くに落としたまま――。
「……ん」
目蓋を開いて始めに見えたのは、やわらかな赤だった。
しばらくして夕日の色だと気付いて、顔だけ動かして光源を見やる。
真っ直ぐに差し込む夕日自体は、建物の影になって見えなかった。逆光で黒い影となった樹が、静かにゆらめいている。
穏やかな時間だ。ずっと、こうしていたいくらいに。
そう。だからずっとこうしていた。
ずっと、ずっと、ずっと、
「――ぅっ」
体の奥に嫌なものが疼いた気がして、かすかに顔を歪める。
それが覚醒の合図。四肢に指令が下る。呼吸が開始される。瞳が正確な景色を捉える。
「……っつ」
起き上がろうとして、鈍い頭痛に襲われた。だけれど、やがて頭に上っていた血も退いていき、正常な思考が戻ってくる。
「――あ」
目覚めたときにまずするべきは、状況の確認。嬉しくないことに、こういうことは初めてじゃない。
ぐるりと首を回して、そこが病院のような場所であることを認知した。寝かされているのは真っ白なベッド。カーテンに囲まれていて、合間から窓の外がほんの少し覗いている。
もう夕暮れの時刻だった。窓の外の白い壁がオレンジ色に染まっている。
何故だろう。不意に胸に何かが染みて、顔を歪めた。悲しいのか、辛いのか、怖いのか――今の自分が何を感じているのか、よくわからない。不安になって、目をこすって息を呑む。何故こんなことをしているのかと、ぼんやりと考えて――。
そうだ、俺は。
試験中に目の前が真っ暗になって、意識がぷつりと途切れて、それでここに運びこまれたのだろう。
なんとなくそこまで思い出してくると、胸を満たしていた不安はゆるやかに消えていき、代わりに嫌な汗が額から噴き出してきた。
俺はもしかして、とんでもないことをしでかしてしまったのか?
「う、うおー」
思わず手の平を額にあてる。
どうにか倒れる前のことを思い出そうとしても、試験中のことなど爪の先ほどにも覚えていない。どんな問題がでたのかさえ覚えていないし。
白いベッドの上で起き上がってみると、体は嘘のように言うことを聞いてくれた。もう何処にも軋みも痛みもない。
――なんなんだろう、この体は。
『それ』が訪れるのは、なんとなしに自分の過去の領域に足を踏み入れた瞬間だ。全身が悲鳴をあげたみたいになって、何も考えられなくなる。
きっと今回意識を失うところまでいってしまったのは、そこですぐに思考に絡む黒いものを振り払わなかったからだろう。
だから電源が耐え切れず壊れてしまうように、俺の意識もぶつりと途切れてしまった。
だというのに、今の俺の意識は信じられないくらいに穏やかで、先ほどの後遺症などほとんどない。
――記憶が、なくなっているからなのだろうか。
目覚める前の記憶は、ぽっかりと黒い空洞。思い出そうとしても、ただ黒が見えるだけだ。それでも見続けていると、例の耐え難い頭痛に襲われる。
お陰で笑えるくらいにこの体は不安定だ。自分で自分の制御がきかない。
「あら、起きたの?」
ふいにカーテンが小気味良い音をたてて開いた。その向こうから、やはり夕日の色に染まった人が顔を覗かせる。
白衣を着た女の人だった。濡れたような茶色の巻き毛を後ろにまとめて、腕に『救護班』と印字された腕章をつけている。
カーテンの向こうに広がる景色で悟った。ここはグラーシア学園の医務室なのだろう。
「ど、どうも」
俺はどんな顔をしていいのかわからずに、女の人を見上げた。きりっとした顔立ちの女の人――恐らく女医さんは、眼鏡の位置を指で直し、小さく苦笑した。
「その様子だと大事なさそうね。貧血気味だったのかしら?」
「え、ええ、まあ、多分」
俺の人生、誤魔化しだらけだ。そんなちょっとカッコいいことを影で考えたりする。すると女医さんが持っていた体温計を差し出してきたので、受け取った。
「それで体温計って頂戴。あとはこの紙に今日の朝食と、朝の時点での体調をなるべく詳しく書いて。面倒だとは思うけれど」
そう言って、書くところが沢山ありそうな用紙とペンをベッドの上に置く。その用紙には、一番上のところに俺の名前と、俺が倒れたときの様子が走り書きされていた。それによれば、どうやら俺は試験終了直後ばったりと倒れてしまったらしい。
「それで、あなたの保護者は?」
体温計を脇の下に挟んだ俺は、尋ねられた。
体温が、五度ほど下がった気がした。
――やばい。
「出願書類見たんだけれども、通話線が繋がってないところなのかしら? 住所があっても緊急連絡先がないわよ。お母さんとか、こっちに来てないの?」
きっと住所ってのはフェレイ先生が適当にでっちあげたものだろう。記憶喪失のことは無闇に他言しないと、フェレイ先生と相談の上で決めていたのだ。
はっきりいって俺自身、俺の出生はかなり怪しい出だったんじゃないかと思っている。記憶喪失になってしまうくらいなのだから。フェレイ先生曰く、学園にはその手の話に目くじらを立てる教師も数多くいて、怪しげな生徒を排斥しようとする動きも一部にはあるらしいのだ。
ってなわけで、現在俺様大ピンチ、ということである。
今のところ俺の保護者はフェレイ先生の他にいない。だがここでフェレイ先生の名を言えば、それはそれで怪しまれるんじゃないだろうか。保護者って大抵はその人の親を指すんだから。「俺、実はフェレイ先生の隠し子でーす」とか言えばしのげる気がしないでもないが、それはあまりにフェレイ先生に申し訳ない。
「えっと」
今頃体温計は何度を記録しているんだろうなあと想いを馳せながら、目線をあちこちにさまよわせるが、いい案は思い浮かばないし。
そうして答えない俺に、女医さんが不審そうな顔をしたとき――ノックの音が部屋に鳴り響いた。
「失礼します」
扉が開かれる音。その声は聞き覚えのあるものだった。
「あら――学園長?」
女医さんも声で主が分かったのか、意外そうにカーテンの向こうに出て行く。
「すみませんミューラ先生。ユラス君がここにいると聞いたもので」
「――え」
カーテンの向こうから会話だけが耳に届く。それは間違いない、フェレイ先生のものだ。
「学園長のご知り合いで?」
鮮やかな橙に染まった布に影が映る。すると背の高い影が頷いたような仕草を見せた。
「彼の保護者です」
そう、あっさりと。
フェレイ先生は、言ってくれた。
――マジか。
俺、もしかするとこのまま本気でフェレイ先生の隠し子になるんじゃないか。いや、そんなことを考えている場合ではなくて。
やはり、女医さん――ミューラ先生と呼ばれたその人も驚いたようだった。息を呑むような様子が、穏やかな夕凪の空気を震わせる。
だが、その驚きようが妙に大げさに思えて、俺は首をひねった。確かに突然学園長がやってきて、さっき倒れた少年の保護者は私だとか言い出したら驚くだろうが。
「どのような関係で?」
平静を取り繕ったような様子で、再び声。すると、いつもの穏やかなフェレイ先生の声がやわらかく響いた。
「私の知り合いの子です」
「……知り、合い」
「ええ、事情がありまして、しばらく預かることになりました。彼の希望もあって、今日は入学試験を受けてもらっていたのですが」
こちらに顔を向けたのだろうか。その辺りのやりとりは、よくわからない。
だしぬけに、ピピピ、と小さな音が鳴った。体温計が温度を測定し終わった音だ。とりあえず体温を見て、用紙に書き記した。さっきのやりとりのお陰でちょっと低めだったが、問題があるような温度でもあるまい。
「ユラス君」
さら、とカーテンが再び揺らめいて、今度こそフェレイ先生が顔を覗かせた。
その表情には不安げに揺らめいている。出会ったときと同じく逆光になったその姿に、ほんの少し心が疼いて。
こういう時に、思う。
出生不明にして正体不明の俺を、何故この先生はこうして拾ってくれたんだろう。
俺はただ、ひたすら迷惑をかけているだけなのに。
「……すいません」
思わずそんな言葉が口をついてでた。だがフェレイ先生は一瞬だけ目を丸くして、悪戯っぽく笑った。
「謝るようなことをしたのですか?」
「――あ、いえ」
「こちらこそ申し訳ありません。来るのが遅くなりました」
「と、とんでもないです」
まがりなりとも目の前にいる人は学園長なのだ。色々と仕事などで忙しかったのだろう、今だってきっと暇を見つけて、
「学園長、お仕事の方はもうお済で?」
後ろから降りかかった女医さんの声に、フェレイ先生の肩がぴくりと動いた。
ついでに正面にいる俺からは、その笑みが幾分かひきつったのも、ちゃんと見えた。
「……」
気まずいフェレイ先生の沈黙に、女医さんは嘆息するように言う。
「レイン先生に見つかったらどうするんですか」
「間違いなく斬首でしょうかね」
フェレイ先生はぽりぽりと頬をかいて、困りました、と苦笑した。
俺だってフェレイ先生が斬首に処されたら困る。女医さんも呆れたように溜め息をついた。
「彼の身の上はわかりましたから、この学園が血で染まらない内にどうぞ仕事に戻って下さい」
「そうした方がよさそうですねえ」
フェレイ先生はのんびりとそう言って、ふと気付いたようにこちらを見た。
そうして口からでたのは、俺が努めて考えないようにしていた事だった。
「そうそう、ユラス君。試験の件ですが」
ぴきーん。
俺の脳内が、氷結する。
この世で一番考えたくなかったことは、不意に突きつけられた刃のように喉元にあてがわれる。
目の前には、書類いじってまで試験を受けさせてくれたフェレイ先生。
そして、こんなザマの俺。
ああ、なんて言い訳したらいいんだ。
試験中に気分が悪くなって何も考えられませんでしたアハハハハ……なんて言えるわけがない。
俺、これからどうなるのかなあ。多分どこかしらの役所の孤児院に預けられるんじゃないだろうか。そしてそこがマフィアと繋がっていたりするんだ。悲鳴をあげる子供たちを下卑げた笑いを浮かべながら売りさばく悪党たち。なす術もない哀れな俺。
人の臓器って相場はどのくらいなんだろう。
「職員室が大騒ぎになってましたよ」
俺の試験の結果の悪さにだろうか。
「ほぼ満点だったそうで」
ああ、そりゃ騒ぐだろう。
騒ぐだろう。
さ、わ?
「……」
きっと、俺はこの世で最も間抜けな顔をしたに違いない。
頭の中は綺麗サッパリ、真っ白だ。
「……えっと」
「はい」
「……満点、と?」
「私も聞いただけの話なんですが、でも確かかと」
ついでにフェレイ先生の後ろの女医さんも、絶句したように口を半開きにしていた。
「そ、」
機械人形にでもなったようにかくかくと口を開け閉めしていた俺の喉が、どうにか言葉を紡ぐ。
「それって、すごいんですか」
「半分くらいとれれば合格ですから」
フェレイ先生は笑顔で、それでいて悪意もなかったが容赦もなかった。
そうだ。これは、きっと。
「何かの間違いでは」
「多分、明日には合格発表がでると思いますのでその時に分かりますよ」
「……」
そんなこと言われたって。
試験の時の記憶など、苦しかったこと以外に覚えていない。
ただ、頭の中が溶けるくらいに熱かった、それだけで。
――それだけで。
ふらっと目の前の光景が揺らぎ始めたので、慌てて蓋をして目を逸らした。三度目ともなると、前兆でわかる。目をそらさずに見続けているから、途中で崩れ落ちてしまうのだ。だから、考えなければいい。
とりあえずフェレイ先生が持ってきた知らせは喜んでいいことなのだろうけれども。
しかし、どこかで何かが軋んでいる。
それが何なのだかわからないまま、俺はその日を終えた。
そうして俺は、俺を知っている何処かの誰かの推薦で、グラーシア学園魔術科高等院へ編入することになった。
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