-Bitter Orange,in the Blaze-
下・強いひかりの中に
067.孤高の銀髪鬼
“精霊の女神は言われた。”
“子よ、胸を張り進みなさい。あなたたちには力がある。力は、あなたたちを裏切らない。”
“子よ、力は思惟である。思惟こそ私たちを作り出すものである。”
“子よ、あなたたちの思惟の流れこそが、私である。”
“子よ、忘れないようにしなさい。あなたたちはその流れの一部、そして私の一部なのだから。”
(聖典エリシュ 精霊の章 精霊の福音1節〜5節)
***
誰も知らぬ物語がある。
そう、例えていえば、強いひかりを受ければ受ける程、後ろの影は深くなるように。
そして彼も、そんな暗がりに潜むちいさなひかりだった。
強いひかりにかき消された、小さな小さな物語。
強いひかりの中の、物語。
孤高の銀髪鬼、クイール。
―――本名を、クォーツ・クイール。
小さな町に生まれ、幼い頃からその才を発揮し、数多の貴族に雇われ仕事をこなした、銀髪の少年。
彼は一体どんな家に生まれたのか? どんな家庭を持ったのか? そしてその本当の姿すら―――、
今となっては誰も知らない、彼の故郷は既にないのだから。
孤高の銀髪鬼、クォーツ・クイール。
朝の雪にも似た、銀色に煌く髪。
蒼い蒼い、海の瞳。
卓越された技、淋しげな顔、
まるで風のように過ぎてゆく。
彼がただ一つ願ったものも、
彼がただ一つ望んだことも、
今となっては風の中。
そして、そんな彼の背後にいた、一人の少年。
紺碧がかった、青の髪。
彼と同じ、海の瞳。
なのに彼は剣を取らず、
暗がりの中、ぼんやりと――――。
少年の名は、スイ・クイール。
彼の時は止まったまま。
まるで壊れてしまった時計のように、
焼け焦げて動かなくなった針を動かすことも出来ずに、
深い深い、橙色の炎の中。
強い強い、橙色のひかりの中――――。
そのとき彼は、何を思ったろうか?
-Bitter Orange, in the Blaze-
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