-Bitter Orange,in the Blaze-
上・灰色の時代

000.Bitter Orange,in the...






もしも真実を見つけられたというならばそれ以上のことはないだろう。


しかし、全ての人が真実を掴むことなど、ありうるのだろうか。


忘れないでほしいのは、あなたの目の前にあるのが現実だということ。


その現実に立ち向かうか、それとも何処かの真実に追いすがるかはあなたの自由だけれども―――。









その世界を人はミラースと呼んだ。
いつ、誰がその名をつけたかも知るものはいない。
ただ、その世界の人々はこの戦乱に包まれた、湿った世界をミラースと呼んでいた。
そんなミラースがウッドカーツ家によって世界征服をされてから約300年後…、
重い税金に悩まされる庶民と、血みどろの貴族、…世界がそんな灰色に染まっていたときの、
大陸の彼方から広まった、小さな小さな物語は人から人へ語られる…。

ある街に一人の少年がいたという。
朝の雪にも似た銀色に煌く髪に、黒よりも深い蒼の瞳を持った少年がその街にいたという。
少年の名は、クイール。
何処にでもいるような少年が、その街にいたという。

それは今からほんの数年前の出来事である。

その少年は幼い頃から剣術を得意とした。
決して誰に習ったというわけでもないのに、
その強さは鬼のごとく、
周りの大人も、彼はきっと世に名の知れ渡る者になると口を揃えて言ったという。

しかし少年の目はいつもどこか寂しそうに遠くを見つめていた。
まるで籠の中の鳥のように。
なにを己が求めるのかも分からずに。
なぜ己が剣を振るうのかも分からずに。
彼は本当の居場所を探すかのように、剣を振るい続け、技を磨き続けたという―――。

幾年が過ぎ、彼は剣術を鍛え上げ、その腕はいつしか常人を遥かに超え、あちらこちらの貴族に雇われるようになった。
彼の剣術はどんな魔物も物ともせず、
彼の剣術は人間でさえ横に並ぶ者は少なかった。
彼は数多の貴族に雇われ、行く先々で様々な手柄を手にした。
貴族の信頼も日に日に厚くなり、様々な依頼が届くようにまでなり、彼の名はあちらこちらに広まるようになった。
しかし彼の目は人を寄せ付けぬ鋭い瞳。
数多の仕事仲間の中ではもちろん、彼と同じ街の者でも、彼と親しい者は数少なかったという。
決して彼は冷たいわけではなかった。
しかし、その力と哀しく鋭い瞳は、ある者から疎まれ、ある者から憎まれた。
貴族に雇われては魔物や盗賊を次々とその手にかける姿は、いつしか民からも疎遠されていた。

彼は、どんなときもただひとり。

寂しく一人で歩む彼を。
鬼の如く敵を切り刻む彼を。
そんな彼を人が、孤高の銀髪鬼と呼び始めたのは、

いつからだろうか?

そして、時はめぐり彼が青年へと成長したときのことか。
彼が貴族に雇われ、魔物討伐に行っていたときのこと。

彼の故郷の街は、突然攻め込んできた異国の軍隊によって、炎に包まれてしまった。
その軍隊はすぐにウッドカーツ家の軍によって鎮圧させられたものの、
街はみるみる激しい炎に染まりゆく。

知らせを受け、すぐに戻った彼の目に映ったのは目が痛くなるような橙色の炎。
赤でもなければ黄でもない。
深い、深い、橙色。
仲間の制止さえ振り払って、彼はその街に飛び込んだ。


そして…、



そこで彼が何を見たのか、


彼がその後どうなったのか、





そして何故、彼がその街に飛び込んでいったのかさえ、




誰一人として、知る者も、見た者も、いなかったという。




死んだという者もいた。
生き延びたという者もいた。
様々な噂は飛び交い、

そして、謎は解けることなく深海の闇に沈んだ。

その後、……彼、クイールの名は世界に広まり、
孤高の銀髪鬼として、語り継がれるようになった。
数年前、クイールと名乗る者が名を馳せたと。
彼は炎に包まれた故郷に飛び込み、……そのまま消息を絶った、と。


炎の中にある深い深い橙色に、彼が何を想い、何を見たのか、……それは誰も知らない。


-Bitter Orange, in the Blaze-


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